新入生のための数学序説

高崎金久著.実教出版2001年2月刊.A5判,238頁,2200円, ISBN4-407-02419-4.大学生のために書かれた中学・高校の 数学の復習書.部分的には大学初年級の数学の内容も 紹介している.[「前書き」より, 目次, 訂正]


「前書き」より

本書を書くことに思い至った動機の一つは,現行の高校数学 の教科内容の無秩序ぶりに驚かされたことにあります. 数学に登場する概念や技法はそれぞれに必然性・関連性をもち, 位置付けられるべき場所があります.ところが,現行の 教科内容はそのような視点から見ると首をかしげるような形に 切り刻まれていて,しかもその断片が必修部分と選択部分に 分類されています.このようなことで首尾一貫した数学を 学べるでしょうか.もっと自然な流れに沿って,しかも全体を 見渡せるように書かれた本が必要ではないでしょうか.

もう一つの動機は,大学生が高校までの数学を復習する ための本がもとめられていることにあります.近年,高校での 数学の履修歴が多様化していて,講義の前提となる基礎知識 が学生側に不足していることも少なくありません.数学は 基本的に積み重ねの学問体系ですから,不足している知識は あらかじめ補っておく必要があります.中学・高校の教科書を 復習するのも一つのやり方ですが,すでに述べたような問題点 の多い教科書を使うよりも,首尾一貫した考え方で書かれた (しかも大学の数学との接続にも配慮した)本を使う方が 望ましいことは明らかでしょう.

このような要望を満たす本はまだ少ないので,思い切って 自分で書いてしまおう,と考えてできたのが本書です. したがって本書の大部分が中学・高校の数学の内容を再構成 したものですが,部分的には大学で学ぶ数学を先取りして紹介 しています.その意味で大学の数学への「序説」でもある わけです.特に,第1章を集合・写像・論理の話にあてたのは, 大学の数学との橋渡しをするためです.集合と写像は大学の 数学では基本的な言葉として欠かせません.論理についての 考え方も当然の常識として仮定されます.なるべく早い段階で これらに触れておく方がよいのです.その意味で本書は, 中学・高校の数学を大学の数学のスタイルで扱ったらどうなるか, という例を示すものでもあります.

歴史的背景について少し補っておきます.中学・高校の数学の 内容の大部分は17世紀から18世紀にかけてのヨーロッパの 数学から題材を採り上げています.17世紀前半は,16世紀末に 発明された文字式が普及して,数量間の関係の問題を扱う問題 や幾何学の問題を方程式によって見通しよく解くことが可能に なり,数学の適用範囲が飛躍的に広がった時代です.それが やがて17世紀後半の微積分学の登場につながりました. 微積分学は17世紀後半から18世紀にかけて(まだ怪しいところ を残しながらも)更に発展して,やがて解析学と呼ばれる分野に 進化しました.我々がいま中学・高校の数学として学んでいる 内容は,17世紀から18世紀前半にかけては最先端の数学だった のです.ちなみに,大学の共通教育で学ぶ数学は(微積分学を 基礎付けからやり直すことも含めて)19世紀の数学です. このような歴史的背景を知ることも学習の助けになるのでは ないかと思います.


目次

第1章 集合・写像・論理

1. 集合
1.1 集合の概念
1.2 集合の記述法
1.3 空集合
1.4 包含関係
1.5 集合算
1.5.1 合併集合
1.5.2 共通集合
1.5.3 差集合
1.6 集合算の諸公式
1.7 直積集合
1.8 べき集合
2. 写像
2.1 写像の概念
2.2 写像のグラフ
2.3 合成写像
2.4 逆写像
2.5 像と逆像,全射と単射
2.6 写像の集合
3. 論理
3.1 数学的主張の論理的構成
3.2 「かつ」・「または」・「でない」
3.2.1 キーワードの意味
3.2.2 集合算との関係
3.2.3 ド・モルガンの法則
3.3 「ならば」
3.3.1 数学における「ならば」の意味
3.3.2 集合との関係
3.3.3 対偶について
3.4 「任意の」・「ある」・「一意的」
3.4.1 「任意の」と「ある」の意味
3.4.2 否定との関係
3.4.3 「一意的」の意味
3.5 背理法

第2章 数と式

1. 数の集合
1.1 数の集合とその上の演算
1.1.1 自然数の集合
1.1.2 整数の集合
1.1.3 有理数の集合
1.1.4 実数の集合
1.1.5 複素数の集合
2. 整数について
2.1 整数の割り算
2.2 剰余定理の証明
2.2.1 商と剰余の存在
2.2.2 商と剰余の一意性
2.3 整序関係
2.4 最小公倍数と最大公約数
2.5 ユークリッド互除法
2.6 ユークリッド互除法の正しさの証明
2.7 最大公約数のもう一つの特徴付け
2.8 素数
2.9 素因数分解
2.9.1 素因数分解の存在の証明
2.9.2 整除に関する補題
2.9.3 素因数分解の一意性の証明
2.10 素因数分解と最大公約数・最小公倍数
2.11 整数の平行根として現れる無理数
3. 多項式と有理式
3.1 多項式と有理式
3.1.1 多項式
3.1.2 有理式
3.1.3 整数・有理数との比較
3.2 多項式の剰余定理
3.3 剰余定理の証明
3.3.1 $q(x),r(x)$ が存在すること
3.3.2 $q(x),r(x)$ が一意的であること
3.4 因数定理と因数分解
3.5 有理式の標準形
3.5.1 多項式部分の分離
3.5.2 部分分数展開
3.5.3 標準形
3.5.4 部分分数展開の例

第3章 方程式と不等式

1. 高次方程式の一般的性質
1.1 高次方程式の概念
1.2 方程式の根と因数分解
1.3 根と係数の関係
2. 高次方程式の特別な例
2.1 二次方程式
2.2 三次・四次方程式
2.2.1 歴史的背景
2.2.2 カルダーノの解法
2.3 円分方程式
2.3.1 一般の円分方程式
2.3.2 次数が小さい場合
3. 連立一次方程式
3.1 連立一次方程式の概念
3.2 同値変形としての消去法
3.3 解が存在しないとき・無数に存在するとき
3.4 二元二連立一次方程式の解の公式
4. 不等式
4.1 一般的注意
4.2 一般的に成立する不等式
4.2.1 重要な不等式の例
4.2.2 シュワルツの不等式の証明
4.2.3 三角不等式の証明
4.2.4 相加・相乗平均の不等式の証明
4.3 未知数を含む不等式
4.3.1 高次不等式
4.3.2 連立一次不等式

第4章 帰納法・漸化式・数え上げ

1. 数学的帰納法
1.1 基本的な使い方
1.2 数学的帰納法の変形
1.2.1 累積帰納法
1.2.2 多重帰納法
2. 漸化式
2.1 数列と漸化式
2.2 等差数列と等比数列
2.3 フィボナッチ数列
2.4 二項係数と二項定理
2.4.1 二項係数の満たす漸化式
2.4.2 二項定理の証明
2.5 べき乗の和
2.5.1 二項係数の和の計算
2.5.2 べき乗の和の計算
2.6 非線形の漸化式
3. 数え上げ
3.1 直積集合
3.2 写像の集合
3.3 べき集合
3.4 包除原理
3.5 包除原理の使い方
3.6 樹形図
3.7 順列
3.7.1 重複のない順列
3.7.2 円順列
3.7.3 重複順列
3.8 組み合わせ
3.8.1 重複のない組み合わせ
3.8.2 重複順列との関係
3.8.3 重複組み合わせ

第5章 平面と空間

1. 平面幾何学
1.1 平面の座標
1.2 二点間の距離
1.3 平行移動・鏡映・回転
1.3.1 平行移動と鏡映
1.3.2 回転
1.3.3 座標の平行移動・鏡映・回転
1.4 ガウス平面
1.4.1 実部・虚部と極表示
1.4.2 演算との関係
1.4.3 平行移動と回転
2. 平面上のベクトル
2.1 ベクトルの概念
2.2 ベクトルの内積
2.3 内積の幾何学的意味
2.4 平行四辺形の面積
3. 平面図形と方程式
3.1 直線
3.1.1 二点を通る直線
3.1.2 直線の方程式
3.1.3 直線と原点との距離
3.1.4 一次関数のグラフとの関係
3.2 曲線
3.2.1 曲線の捉え方
3.2.2 例:楕円
3.2.3 二次曲線
3.2.4 高次曲線
4. 空間幾何学
4.1 空間の直交座標
4.2 空間内のベクトル
4.3 直線と平面
4.3.1 二点を通る直線
4.3.2 三点を通る平面
4.3.3 平面の方程式
4.4 曲線と曲面

第6章 数直線上の関数

1. 数直線上の関数
1.1 写像としての関数
1.2 変数を強調する見方
1.3 関数のグラフ
1.4 合成関数
1.5 逆関数
1.6 逆関数のグラフ
2. 三角関数
2.1 基本的な関数
2.1.1 幾何学的定義
2.1.2 周期性
2.2 三角関数に関する諸公式
2.2.1 定義から直ちに導かれる公式
2.2.2 加法公式
2.2.3 加法公式の変形
2.2.4 倍角公式
2.2.5 加法公式の複素数表示
2.2.6 極限についての公式
3. 指数関数と対数関数
3.1 指数関数とは何か
3.2 これで指数関数が決まること
3.2.1 有理数への拡張
3.2.2 単調増加性
3.2.3 実数への拡張
3.3 対数関数とは何か
3.3.1 定義
3.3.2 基本的性質
3.3.3 自然対数
4. 極限と連続性
4.1 極限の概念
4.1.1 数列の極限
4.1.2 関数値の極限
4.2 数直線の連続性
4.3 関数の連続性
4.4 連続関数について一般的に成立すること

第7章 微分と積分

1. 微分係数と導関数
1.1 変化率としての微分係数・導関数
1.1.1 連続性との関係
1.2 グラフの接線
2. 導関数の計算
2.1 定義通りに計算できる場合
2.2 四則に関連する公式
2.3 逆関数の導関数
2.4 合成関数の導関数
2.5 高階導関数
3. 導関数の応用
3.1 増減と導函数
3.2 極値問題と導関数
3.3 不等式への応用
4. 区分求積法と定積分
4.1 区分求積法の考え方
4.2 定積分の概念
4.3 定積分の意味
5. 微積分学の基本定理とその応用
5.1 微積分学の基本定理
5.2 原始関数(不定積分)と定積分
6. 積分の計算技法
6.1 不定積分の簡単な例
6.2 部分積分の公式
6.3 置換積分の公式
6.4 その他の計算技法


訂正

  1. p.32 ↓32:「実用な定義」→「実用的定義」
  2. p.37 ↑3:「gcd(a,0) = a」→「gcd(a,0) = |a|」
  3. p.41 ↓9:「任意の約数」→「任意の公約数」
  4. p.44 ↓6〜7: この部分では,p が(素数ゆえに) 2 以上であることを使っている.わかりにくく感じるならば, 「|a/p| < n なので帰納法の仮定が使えて」の部分を 「p は(素数ゆえに)2 以上ですから,|a/p| < n となります. したがって,a/p に対して帰納法の仮定が使えて」というように補って読んでほしい.
  5. p.73 ↓3:「x2 + tx + 1」→「x2 - tx + 1」
  6. p.84 ↓5: 右辺の最後の項の分子「b2-ac」→「ac-b2
  7. p.84 ↓7: 「b2-ac≧0」→「ac-b2≧0」
  8. p.98 ↑2:「C1」→「C1α1n-2」, 「C2」→「C2α2n-2
  9. p.126↓3:「デカルトはこの方法を「解析幾何学」と呼びました」 →「デカルトのこの方法は後に「解析幾何学」と呼ばれるようになりました」 (注釈:デカルトが座標を用いる自分の幾何学の方法を「解析幾何学」と呼んだ というのは誤り.「解析幾何学」という言葉は後の時代のものである.)
  10. p.130 ↑2:「y = ...」→「y' = ...」
  11. p.180 ↓11: 「通分すれば」→「約分すれば」
  12. p.185 ↓10:「a を 0 に近づけると」→「a を 1 に近づけると」
  13. p.194 ↑3:「定義式」→「定義域」
  14. p.201 ↑6: 左辺分母「x」→「h」
  15. p.207 ↑8: 「通分する」→「約分する」
  16. p.208 ↑2: 「z = -y と y = log x」→「z = log y と y = -x」