線形代数とネットワーク

高崎金久著,日本評論社 2017年3月刊行.A5判,208頁,2500円+税,ISBN978-4-535-78829-9 [概要, 目次, 訂正]

概要

本書は雑誌『数学セミナー』の2015年7月号から2016年9月号まで15回続いた 連載記事「線形代数とネットワーク」に加筆修正を行ったものである. この連載は同誌の2010年4月号から2011年6月号まで掲載された 連載記事「線形代数と数え上げ」(同じ書名で2012年に日本評論社から 単行本化された)の続編だった.前連載のテーマは線形代数を用いて ある種の数え上げ問題を扱うことだったが, この連載では線形代数とネットワークの関わりを考えた.

本書の第I部では電気回路の線形代数・組合せ論的構造を解説する. 電気回路は典型的なネットワークであり,そのつながり具合を 数量的に表現するものとしてさまざまな行列がある. 特に「接続行列」と「重み付きラプラシアン行列」の小行列式は 回路の「全域木」や「全域森」と呼ばれる部分グラフと関係している. そこから回路の状態を記述する回路方程式の解の組合せ論的公式が得られる. これらの公式は回路方程式にクラメルの公式を適当するときの分母・分子を 全域木・全域森の言葉で記述している.特に,分母の公式は 今日「行列と木の定理」(matrix-tree theorem)と呼ばれる 全域木数え上げ公式とほぼ同じ内容をもつ. 行列と木の定理については「線形代数と数え上げ」でも触れたが, 本書ではそれを電気回路の視点から徹底的に解説し直す.

本書第II部では,「全非負行列」をキーワードにして, 比較的最近の話題をいくつか紹介する.全非負行列の概念は20世紀前半に 微分方程式の安定性理論などへの応用の観点から導入され, 20世紀半ばから後半にかけて基礎理論ができあがった. その後ネットワークとの関係が明らかになり, 近年ではリー理論の観点からの理解が進んでいる. 全非負行列(全正値行列とも呼ばれる)は電気回路とは異質の ネットワークと関係している.そこで重要な役割を果たすのは 「非交差経路」の重み付き数え上げに関する「LGV公式」である. この公式は「線形代数と数え上げ」の連載前半の主要な道具だった. 第II部ではこのLGV公式を援用して,全非負行列の基本的な性質 (特に因子分解定理)を説明するとともに,重要な例や応用を紹介する. さらに,全非負行列のリー理論的研究から派生して近年注目を集めている 「団代数」の概念にも触れる


目次

第1部 線形代数と電気回路

 第1章 キルヒホッフとマクスウェル
   1. はじめに
   2. ネットワークとしての電気回路
   3. キルヒホッフが考えたこと
   4. マクスウェルが考えたこと
 第2章 ラプラシアン行列
   1. 隣接行列
   2. ラプラシアン行列
   3. 接続行列
   4. 接続行列によるラプラシアン行列の表示
 第3章 節点電位に対する回路方程式
   1. マクスウェルの回路方程式
   2. 抵抗回路の例
   3. 接続行列による解釈
   4. 勾配演算と発散演算による解釈
 第4章 接続行列の小行列式
   1. 接続行列と全域木の関係
   2. Hが閉路を含む場合
   3. 全域木についての予備的考察
   4. Hが閉路を含まない場合
   5. 行列と木の定理
 第5章 回路方程式の解の構造
   1. 回路方程式の復習
   2. 回路の例から読み取れること
   3. クラメルの公式による解の表示
   4. 接続行列のn-2次小行列式
   5. 分子の全域森展開
 第6章 タイセットとカットセット
   1. キルヒホッフの法則
   2. タイセットと電圧則
   3. キルヒホッフの回路方程式
   4. カットセットと電流則
 第7章 タイセットとカットセット(続き)
   1. 主役となる行列
   2. 相補性と直交関係
   3. 接続行列との関係
   4. 最大次数小行列式
 第8章 枝電圧・枝電流に対する回路方程式
   1. キルヒホッフの法則再論
   2. 回路方程式の定式化
   3. 回路方程式の特徴
   4. 係数行列の行列式
 第9章 境界をもつ回路の応答行列
   1. ディリクレ-ノイマン写像
   2. 2個の境界節点をもつ回路
   3. Y型回路とY-Δ変換
   4. 4角形の回路と全非負性
 第10章 円形平面的回路の応答行列
   1. 円形平面的回路
   2. 応答行列と全域森
   3. 応答行列の小行列式
   4. 非交差経路による見方

第2部 全非負行列とネットワーク

 第11章 経路和行列の全非負性
   1. 全非負行列
   2. 経路和行列とその行列式
   3. 2項係数からなる全非負行列
   4. 対称多項式からなる全非負行列
 第12章 全非負行列の因子分解
   1. 行列の因子分解
   2. 全正値行列の因子分解
   3. 平面的ネットワークによる表現
   4. 因子分解定理の証明
 第13章 全非負数列
   1. 全非負数列
   2. 基本的性質
   3. 母函数の因子分解
 第14章 一般化された戸田階層
   1. コスタント-戸田階層
   2. 基本戸田軌道
   3. 群論的解釈
   4. コクセター-戸田階層
 第15章 箙と団代数
   1. 3角形分割と箙
   2. プリュッカー座標と団変数
   3. 種子と変異
   4. 団代数の広がり

 付録A ボルヒャルトの論文
   1. ボルヒャルトについて
   2. 終結式とベズー消去法
   3. ゼロサム等式を満たす行列の出現
   4. 行列式の展開と項の数え上げ
 付録B 3角形分割に付随するもう1組の団変数
   1. y変数の概念
   2. 3角形分割に付随するy変数


訂正

注意:以下ではHTMLで書くのが難しい表現を代替表示しています. (例)a に上線をつけたものは a-, 波線をつけたものは a~で代用しています. また,a の平方根は √a と表わしています.