研究業績の解説(1996年度版)

おもな研究業績は非線形可積分系と呼ばれる非線形方程式系に関するものである. これらをテーマ別に次のように分けて説明する.

1)戸田格子ヒエラルヒー
2)自己双対方程式・ヒエラルヒー
3)D-加群の方法
4)無分散KP・戸田ヒエラルヒー
5)Moyal 代数係数ヒエラルヒー
6)弦理論・場の理論への応用

1.戸田格子ヒエラルヒーの研究.

戸田格子および2次元戸田場の方程式(総称して戸田方程式と呼ぶことにする) はもっとも基本的かつ応用の広い非線形可積分系の一つである.これと並ぶも のとしてKdV方程式やKP方程式(2次元KdV方程式)があるが,80年 頃これらを統一的に扱う枠組みとしてKPヒエラルヒーが導入され,表現論や 場の理論的手法を利用した新しい視点からの研究が始まった.論文2,3では KPヒエラルヒーの戸田方程式版(戸田格子ヒエラルヒー)を構成し,その基 本的な性質を明らかにした.このことはその後の戸田格子ヒエラルヒーのさま ざまな応用の基礎となっている.

2.自己双対方程式・ヒエラルヒーの研究

KPヒエラルヒーや戸田格子ヒエラルヒーは基本的に1次元空間の非線形波動 を記述する可積分系であり,80年代初めにこれらの可積分ヒエラルヒーの研 究が深まるにつれて,高次元空間においても同様の可積分ヒエラルヒーが構成 できるかどうかが問題になった.高次元空間における非線形可積分系の例とし ては当時すでに4次元時空の自己双対 Yang-Mills 方程式や自己双対 Einstein 方程式など(これらを総称して自己双対方程式と呼ぶことにする)が知られて いた.論文4ー7,10,13,14,21はこのような問題意識にもとづくもので, KPヒエラルヒーや戸田格子ヒエラルヒーの研究で用いられた方法がこれらの 自己双対方程式にも適用できることを指摘し,最終的にはヒエラルヒーの構成 法やその背後にある無限次元対称性の構造を明らかにした.

3.D-加群の方法

D-加群は元来線形微分方程式系を代数的に取り扱う枠組みとして70年代に 開発されたものであるが,80年代後半には非線形可積分系の理論を記述する 枠組みとしての可能性が論じられた.論文8,11,12,17はこのような D-加群の応用について論じたものである.論文8では自己双対方程式など高 次元の非線形可積分系をD-加群の言葉に翻訳した.また論文11,12では 超空間へ拡張されたKP・戸田格子ヒエラルヒーに対して同様の方法を適用し た.さらに論文17では,KPヒエラルヒーに現われるD-加群に対して大域 的・コホモロジー的性質を論じた.(なお,論文9は内容的にはレビューであ るが,結果的には論文11,12,17の技術面での準備となっている.)

論文15は第2項と第3項の研究のレビューである.

4.無分散KP・戸田ヒエラルヒーの研究

KdV方程式やKP方程式などの可積分系はソリトンと呼ばれる安定な局在型 進行波解をもつことを一つの特徴としているが,この安定性は非線形性と分散 性のバランスの上に成り立っている.しかしながらある種の非線形可積分系で は,分散性を表わすパラメータを0にする極限(無分散極限)でも可積分性が 保たれることがわかっている.論文18ー20,22ー23はKP・戸田格子 ヒエラルヒーの無分散極限を論じたものである.この研究を通じて,これらの 無分散ヒエラルヒーが一方では自己双対方程式と同様の twistor 的構造をも つこと,他方では量子力学・場の理論的に自由フェルミ系の準古典極限として 解釈できること,など多彩な内容が明らかになった.論文30はこれらの結果 のレビューである.

5.Moyal 代数係数ヒエラルヒーの研究

KP・戸田格子ヒエラルヒーが無分散極限において自己双対方程式と同様の twistor 的構造をもつことから,逆に,自己双対方程式とそのヒエラルヒーを 一種の無分散(あるいは準古典)極限として再現するような高次元可積分ヒエ ラルヒーの存在が予想される.論文26,27,29はそのような可積分ヒエ ラルヒーの構成を試みたものである.

6.弦理論・場の理論への応用の研究

80年代のおわりに2次元量子重力理論の厳密解が構成され,KdV方程式や Painleve 方程式との関連が指摘されて以来,可積分ヒエラルヒーはさまざま な形で弦理論や場の理論に応用されている.論文25,28,31,32はそ のような話題を扱っている.論文25,28,31,33はある種の弦理論を (無分散)KP・戸田ヒエラルヒーの言葉で解釈したもので,その原型は論文 19での計算にある.また,論文32は4次元の N=2 超対称 Yang-Mills 理論 の低エネルギー有効理論の Seiberg-Witten 解と戸田格子ヒエラルヒーの準周 期解の変調理論との関係を指摘したもので,本来は非線形波動の変調を記述す るものであるはずの Whitham 方程式が思いがけない形でここに登場する.さら に,論文34ではこの Whitham 方程式の起源をある種のモノドロミー保存変形 で説明することを試みた.

以上は非線形可積分系に関連する研究の内容だが,これら以外にも,解析学や 数理物理学の諸分野に関心をもっている.論文16は漸近解析に関する問題を 取り扱っている.初期の線形偏微分方程式を扱った研究(論文1)も漸近解析 の手法を利用して解を構成するものである.また,論文24はくりこみ群の方 法をある種の Langevin 方程式に応用する研究について解説したものである.


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