授賞理由: 

田中氏の大きな業績のひとつは,近年注目を集めているブレーン世界説における重力の性質に関する系統的な研究である。 中でも特に有名な業績は,Jaume Garriga氏と共同で行ったRandall-Sundrum(RS)ブレーンモデルの摂動解析である。この研究では,2枚のブレーンから構成されるRS-Iモデルでは重力が近似的にBrans-Dickeタイプのスカラー・テンソル理論として表わされることを示すとともに,1枚のブレーンで構成されるRS-IIモデルでは,アインシュタイン理論からのずれが,重力ポテンシャルの$1/r^3$の補正項に現れることを示し,その補正項を世界で初めて正しく求めた。

一方,超弦理論の研究から,RS-IIモデルは ``4次元アインシュタイン重力+強結合共形場理論 (CFT)''の系と同等であるという仮説(AdS/CFT対応)が議論されている。田中氏は,この仮説をブレーン上のブラックホールに適用すると,5次元描像では古典的ダイナミクスとしてブラックホールが蒸発することを意味し,従ってブレーン上に静的ブラックホール解は存在しない,という予想を世界に先駆けて発表した。

他にも,ブレーンワールドにおけるカシミアエネルギーの先駆的な計算となったOriol Pujolas,Jaume Garriga氏との共同研究や,ブレーン上に生成されたミニブラックホールが,ブレーンから離れてバルクへと逃げていく過程を初めて示したAntonino Flachi氏らと共同研究等,多数の重要な業績がある。

また,田中氏は重力波の理論的研究においても多くの重要な貢献をしている。特に,連星系からの重力波に関して,連星の一方がブラックホールである場合の研究で数多くの業績がある。

田中氏は,蓑泰志氏らとともに,ブラックホール背景時空中を運動する小質量天体の運動に対する重力波放出による反作用力を与える基礎方程式を導出した。 この研究はその後の重力波輻射の反作用研究の基礎を築くものとなった。 最近では,佐合紀親氏らと回転するブラックホールの周回軌道の第3積分であるカーター定数への反作用を計算する方法を開発し,その具体的な評価を与えることに世界で初めて成功した。 また一方で,田中氏は日本の重力波干渉計Tama300の初期のデータ解析に深く関わり,連星合体の段階的探索法の基礎を築くなど,幅広い研究を進めている。

以上のように田中貴浩氏は,一般相対論および重力理論の分野で国際的に評価の高い業績を数多く上げており,また今後も同分野の国内外での研究をリードすることが確実に期待される。 第一回木村利栄理論物理学賞に誠に相応しい研究者である。