授賞理由: 

素粒子には、ハドロン(陽子や中性子を初めとしたバリオン族、あるいは湯川の予言したパイ中間子を初めとするメソン族、をひっくるめた総称)とレプトン(電子やニュートリノなど)があるが、ハドロンは実は、さらに下のレベルの基本粒子クォークからできた複合粒子である。ハドロンは強い相互作用をするが、その起源はクォークの色(カラー)電荷を源とする力であり、量子色力学(Quantum ChromoDynamics )QCDというゲージ理論により記述される。

しかし、量子色力学の相互作用は文字通り大変強いので、そのダイナミクスを計算・理解することは難しい。ところが、10年ほど前に、超対称なゲージ理論の強い相互作用の極限と、曲がった時空上の超弦理論や重力理論の弱い相互作用極限、とが「同じ」であるという、いわゆる「ゲージ理論/弦理論対応(双対性)」が発見された。この対応を用いれば、ゲージ理論において計算不可能だった物理量が、超弦理論・重力理論で簡単に計算できてしまう、ということで、より一般のゲージ理論に拡張することが精力的に行われ、特に、素粒子の強い相互作用を記述するゲージ理論−量子色力学(QCD)が、 超弦・重力理論を用いて記述できるかどうかは、長年にわたる課題であった。 酒井、杉本両氏のこの業績は、まさに我々のQCDに対応する曲がった時空上の超弦理論の模型を世界で最初に提案したものである。この模型は、素粒子の質量の起源を与えるカイラル対称性の自発的破れなどを定性的にうまく説明するだけでなく、定量的にもメソンの質量や様々な実験データをかなりの精度で正しく再現する。

この研究は先駆的な研究として非常に注目され、QCDのダイナミクスを解析する強力な手段を与えるものとして、特に、ブルックヘブンのRHICの実験や中性子星などで期待される高温ないしは高密度の下でのQCDの全く新しい相を予言し解析する実用的な手段として、Sakai-Sugimoto modelと呼ばれて広く用いられるようになっている。Progress誌に発表された2論文の引用も、延べ500論文にもなろうとしており、世界的な注目の高さを表している。