授賞理由: 

近年、重力を含んだ統一理論の最有力候補として、超弦理論が盛んに研究されているが、超弦理論は、我々の時空が実際には4次元ではなく、1 0ないしは11次元という高次元時空であることを予言している。早田次郎氏は、そうした最近の超弦理論の発展に注目し、高次元重力理論に基 づいたブレーン宇宙論や高次元ブラックホールに関して、数々の優れた業績を挙げている。中でも、(1)ブレーン宇宙の宇宙論的摂動論の定式 化、(2)微分展開法の開発とその系統的な適用によるブレーン上の有効重力理論の導出、(3)回転する高次元ブラックホールの摂動論の展開、 の3つの業績は、それぞれひとつのみで本賞の対象としてもよい、極めて優れた業績である。

高次元時空におけるブレーン宇宙の宇宙論的摂動は、余剰次元中とブレーン上の摂動を連立して解く必要があり、従来の宇宙論的摂動論を超え た定式化が必要とされていた。早田氏はこの問題に対して小山和哉氏と共同で、ブレーンと余剰次元との境界条件をきちんと考慮した定式化を行 い、余剰次元の影響を具体的に解析し、余剰次元の曲率半径より大きいスケールでは通常の4次元宇宙論的摂動の振舞いが回復することを世界で 初めて明確に示した。これ以降、様々な研究者による解析的・数値的研究によってブレーン宇宙の宇宙論的摂動の全体像が明らかにされていくが、 早田氏の研究は、それら一連の研究の源流となっている。 また、その後の菅野優美氏との一連の共同研究では、微分展開の方法を応用しブレーンモデルにおける共変的な低エネルギー有効重力理論の導出 をはじめておこなった。この低エネルギー有効理論の導出手法は、モデルの詳細によらない汎用性の高い方法である。そのため、早田氏のこの研 究は、その後のブレーンモデルの普遍的な性質に関する研究の発展において中心的な役割を果たした。

一方、高次元時空におけるブラックホールは、宇宙論・素粒子論の両面から近年大きく注目されている。そうした中で早田氏は、様々なブラッ クホール摂動に関する研究を世界に先駆けて進めてきた。特に、回転する高次元ブラックホールの摂動安定性に関しては、村田佳樹氏とともに、 5次元でふたつの角運動量の大きさが等しい場合には系の対称性が増大することに着目し、世界で初めて摂動のマスター方程式の導出に成功した。 また、gravitational anomalyを応用してホーキング放射を求める方法を回転するブラックホールに適用することにも成功している。

以上のように、早田次郎氏は湯川財団木村利栄理論物理学賞に誠に相応しい業績を上げている。また、宇宙論・重力理論分野において今後も指 導的役割を果たすと十二分に期待される。