授賞理由: 
  宇宙が加速膨張しているという観測事実を説明するために導入されたダークエネルギーは、現代宇宙論最大の謎である。ダークエネルギーは、単に天文学や宇宙論に留まらず、超弦理論をはじめとする素粒子の統一理論にとっても、極めて重要な問題であると考えられている。千葉剛氏はダークエネルギーの正体に迫る重要な業績を挙げており、なかでも、以下の3つの国際的に高い評価を受けている業績が、今回の授賞対象となった。

1. ダークエネルギーの提案 ダークエネルギーとは、時間とともにそのエネルギー密度が時間進化する場合を含むように、アインシュタインが導入した宇宙項を一般化した概念である。千葉氏は、杉山直、中村卓史の両氏とともに、ダークエネルギーの名前がつけられる前に、アインシュタインの宇宙項を「流体」として一般化し、その性質について状態方程式を用いてパラメター化するという提案を行った。また、このような「流体」が存在する場合の、宇宙マイクロ波背景放射の温度揺らぎ、宇宙大規模構造、重力レンズなどの観測量を計算し、モデルに対して制限を与えた。Xマターと名付けられたこの流体こそ、ダークエネルギーの原型となる初期提案の一つである。

2. K-essence ダークエネルギーのモデルとしては、通常、緩やかなポテンシャルを持つスカラー場を考える。千葉氏は岡部孝弘、山口昌英氏らとともに、ポテンシャル項がなく非線型な運動項だけからなるスカラー場のダークエネルギーモデルを提唱した。そして、このモデルでは、加速膨張解がアトラクターになっていることを初めて示した。これはインフレーションのモデルとしてそれ以前に提唱されていたモデル(K-inflation)をダークエネルギーに適用したもので、現在では K-essence と呼ばれている。このK-essence/inflationのモデル は近年、超弦理論におけるタキオンの有効作用やD-braneのDBI作用との関係が指摘され、注目を集めている。

3. 修正重力理論に対する制限  宇宙の加速膨張という観測結果を、ダークエネルギーを導入するのではなく、長距離での重力理論が変更を受けることによって説明しようという試みも、近年世界中で盛んになされている。こうした修正重力理論の例として、ラグランジアンに1/R(Rは曲率スカラー)のような項を加えて加速膨張を説明するモデルが提唱され、注目を集めた。これに対して、千葉氏は、そのような理論は太陽系の実験によって強く制限され、多くの類似した修正重力理論が排除されることを示した。さらに、一般相対論において距離と密度揺らぎからとの間に成り立つ整合性の関係式を導き、それを使って宇宙論的スケールで重力理論を検証する方法を提唱した。最近も、ダークエネルギーの時間進化について、より精度の高い解析的な式を導くなど世界をリードする研究を活発に進めている。

 以上のように、千葉氏は、ダークエネルギー問題という現在物理学の基礎的大問題に対して、宇宙項を一般化した先駆的モデルや、K-essenceという新しい物質場のモデルを提唱したのみならず、ダークエネルギーモデルを観測的に検証する方法の先駆的な提唱をし、一方で、修正重力理論による加速膨張宇宙モデルへの強い制限を与えるという、幅広くかつ重要な業績を上げている。観測的検証を視野に入れた、宇宙論・重力理論の現象論において、今後も間違いなく大いなる活躍が期待できる。第5回、木村利栄理論物理学賞を与えるに誠にふさわしい研究者である。