授賞理由: 
重力まで含めた相互作用の統一理論を構築することは、物理学の究極の課題である。しかしながら、対象とするエネルギースケールが極めて高いため、素粒子実験による直接検証は困難であり、宇宙進化との整合性は理論に対するひとつの有力な検証手段となっている。とりわけ、初期宇宙の元素合成との整合性は、最も重要な試金石のひとつである。この分野において、川崎雅裕、郡和範、諸井健夫の3氏は共同で以下に述べるような世界的な業績を挙げてきた。

重力まで含めた統一理論の候補となる理論には、超重力理論に現れるグラビティーノをはじめ、重力相互作用のみによって不安定となる粒子が多数存在する。これらは十分に長寿命で、宇宙初期の元素合成に影響を与える時期に崩壊する可能性がある。これらの長寿命粒子の崩壊が成功している初期宇宙の元素合成を損なわない条件から理論に対して厳しい制限を得ることが可能である。

グラビティーノが輻射場に崩壊する場合には、輻射場が生成された軽い元素を壊すことで、標準的な元素合成からのずれが生じる。川崎、諸井の両氏は、得られる輻射場のスペクトルをボルツマン方程式を数値積分することで解析し、それまで考えられていたよりも厳しいグラビティーノ質量に対する制限を導出した。 この研究に郡氏が加わることになって、グラビティーノ等の不安定粒子がハドロンに崩壊するモードに関する研究に飛躍的発展があった。ハドロンに崩壊するモードについては、崩壊時に放出されるQCDジェットの取り扱いの困難さから、それがもたらす宇宙論的影響は十分に明らかにされていなかった。3氏の共同研究ではこの問題に果敢に取り組み、ハドロンに崩壊するモードを世界ではじめて正しく取り入れて元素合成の計算を行い、グラビティーノ等の存在量に対して非常に厳しい制限を与えるということを見出した。その後、3氏はさらに、グラビティーノが不安定粒子であるシナリオのみでなく、安定な粒子であるシナリオも含めたより包括的な解析も行った。

本研究は、宇宙初期の元素合成を通じて素粒子模型に制限を与える議論の正に基礎を与える研究という点で本賞にふさわしいと言える。加えて、3氏はこの共同研究以外にもそれぞれに重要な特筆すべき業績を挙げており、今後もわが国はもとより世界の素粒子的宇宙論の研究をリードしていく研究者であることは間違いない。以上の理由で、川崎、郡、諸井の3氏に第7回木村利栄理論物理学賞を贈ることと決定した。