授賞理由: 
近年、弦理論に基づく高次元宇宙論やゲージ重力対応といった観点から、これまで四次元に限られることの多かった一般相対論の研究の高次元への拡張が注目されています。四次元時空においてよく知られた定理であっても、四次元の幾何の特殊性が多分に使われており、その高次元拡張は必ずしも自明ではありません。このような背景の中、石橋明浩氏は高次元の一般相対論に関するいくつかの重要な業績を挙げてきました。

まず、石橋氏はHollands氏とWald氏との共同研究で高次元定常ブラックホールの剛性に関する基礎的な定理の証明に成功しました。4次元時空において、定常ブラックホールが必ず軸対称であるということはHawkingによる剛性定理として知られていました。しかし、この定理が4次元ではない高次元に拡張できるのかどうかは明らかではありませんでした。石橋氏らは定常なブラックホールには少なくとも一つの軸対称性が存在することを証明することに成功しました。高次元においては複数の軸対称性が存在する可能性がありますが、定理が一つの軸対称性の存在しか示さないということは、逆に、対称性の低い解の存在の可能性を示唆しているという点でも興味深い結果です。

また、石橋氏は小玉氏と瀬戸氏と共同でD次元時空においてD-2次元部分が最大対称性を持つ時空上でのゲージ不変な重力摂動の一般的な枠組みを構築しました。この結果を受けて、石橋氏は小玉氏と共同で高次元の最大対称性をもったブラックホール解に対する摂動の方程式がすべてマスター変数に対する2階常微分方程式に帰着できることを示し、さらに、高次元球対称ブラックホール解の線形安定性の証明に成功しました。

また、近年AdS/CFT対応などから注目されることの多い漸近的反ドジッター(AdS)時空における場の無限遠方での境界は時間的になっており、通常の意味で場の発展が完全には決定されないことになります。石橋氏はWald氏と共同で一般に境界で場の方程式が特異性を持つ状況において、場の発展を決定するという問題は、微分演算子の自己共役な拡張の与え方を指定することに帰着されることを示しました。AdS時空での空間的無限遠において、微分演算子の自己共役な拡張の与え方を決めることは場の境界条件を決めることに等しいが、さらに石橋氏らは電磁場や重力場の摂動に関する議論を進め、可能な境界条件の種類が時空の次元に依って変化することを見出しました。

これらの業績はいずれも高次元の一般相対論的時空の基本的な性質を明らかにする重要なものです。これらは現時点でも高い評価を受けていますが、年月が経つほど、より一層重要性が増すという類の業績です。いずれも共同研究ではありますが、石橋氏の物理的着眼点のよさと深い洞察でもってこれらの研究に大きな貢献をしたことは間違いなく、第8回木村利栄理論物理学賞にふさわしいと判断しました。