授賞理由: 

宇宙背景放射探査機WMAPなどの観測により宇宙の「標準モデル」が確立し、さらにPlanck衛星の詳細観測によってその標準モデルパラメータが精密化された。今後は、宇宙大規模構造の精密観測をもとに標準モデルが抱える問題点を解明し、未知の物理を開拓しつつ、あらたな宇宙論を発展させる時期にある。

樽家篤史氏は、平松尚志氏との共同研究で宇宙大規模構造の非線形重力進化に対する高精度予言を可能とする解析的な理論計算法を定式化した。そして、さらなる計算の高速化、観測的効果を取り入れた理論モデルの構築、一般相対論を拡張した修正重力理論の下での理論計算手法の拡張などを共同研究者とともに進め、宇宙大規模構造の観測からさまざまな精密宇宙論研究を行うための実用的な高精度理論テンプレートを完成させた。その理論テンプレート計算コードは公開されており、すでにさまざまな銀河サーベイプロジェクトで応用されている。また樽家氏は西道啓博氏、斎藤俊氏との共同研究で銀河サーベイの観測データから、赤方偏移空間ゆがみに対する新しい解析表式を導くことに成功した。これを応用することで、宇宙の加速膨張の診断や重力理論の検証を行った。さらに斎藤俊氏、高田昌広氏とともにニュートリノの大規模構造への影響を巧みに取り込むことでニュートリノの全質量に対する制限を得た。これらは精密宇宙論における本質的な研究であり、数多くの次世代観測プロジェクトが実行される時代において、その発展を支える極めて基礎的な業績である。

以上の業績は、場の理論的考察に基づく摂動論手法を宇宙論に応用し、それを精密理論テンプレートとして発展させたという意味で木村賞にふさわしい業績である。摂動論的な手法は宇宙大規模構造の発見前後から宇宙論研究でも用いられてきたが、それを実用的な計算手法として完成度を高め、樽家氏自身も観測データに応用して具体的な制限を得ている。これらの業績は共著論文として発表されたものであるが、そのほとんどは樽家氏が主導して博士研究員・大学院生を指導して纏めたものであり、樽家氏が中心的な役割を果たしたものである。

現在、世界中で次世代の銀河サーベイが進行中であり、日本でもすばる望遠鏡を用いたSuMIRe と呼ばれるプロジェクトが実行中である。樽家氏の業績はこれらの観測データから正確な宇宙論的情報を取り出すために不可欠な基本的成果であり、今後の発展が大いに期待される。樽家氏は以上の受賞対象研究のみならず、相対論的宇宙論の幅広いテーマに亘って多くの研究業績を挙げており、わが国を代表する宇宙論研究者の一人として、その将来が嘱望される。