授賞理由: 

宇宙論的観測の進展にともない、宇宙の大域的構造形成の標準的シナリオとして、インフレーション宇宙論が確立されようとしている。さらに、インフレーションモデルを特定し、宇宙初期の物理を解明する手段として、宇宙背景放射による初期揺らぎの観測の高精度化が進んできたが、今後は銀河サーベイや重力レンズ、21センチ線などの手段を用いて、3次元的な密度揺らぎが大きな体積にわたり高精度で得られる時代が訪れようとしている。

須山輝明氏と山口昌英氏はインフレーション中に生成される初期揺らぎの3点相関と4点相関の間にモデルの詳細に依存しない不等式が成立することを見いだした。特に単純な、インフレーションを起こす場のみに初期揺らぎが起因するモデルにおいては等号が成立する。そのため、この不等式に着目することで初期揺らぎの起源が単一の場によるものであるのか複数の場が寄与しているものであるのかが明白に区別できる。また、この不等式が成立しないということが判明した場合、インフレーション宇宙論を根底から覆すことになり、インフレーションモデルの試金石となる不等式であると言うこともできる。したがって、本不等式の検証は、現在進行している宇宙論的観測の主たる観測目標のひとつに掲げられている。彼らはその後、高橋智氏、横山修一郎氏らとの共同で、この不等式の適用範囲のさらなる拡張もおこなっている。 

この「須山-山口不等式」と名付けられた関係式は、インフレーション宇宙論の観測的検証を語るうえで、欠くことのできない主要な関係式になっている。現在、初期揺らぎの3点相関や4点相関の非ガウス性は、宇宙背景放射の観測からは観測可能なほど大きくないということが明らかになってきている。しかし今後、3次元的な密度揺らぎの高精度観測が進むことが確実であり、より多くの揺らぎのモードが観測可能となる。それにより、飛躍的に高次相関の観測精度が高まることが期待される。そのような時代を迎え、この不等式の価値はさらに高まることは間違いないと考えられる。

両氏は共に受賞対象の研究以外にも、初期宇宙論の分野で多くの顕著な研究業績を挙げ、これまでも分野を牽引する研究を行ってきており、今後の活躍が十分に期待される。こうした理由から、木村利栄理論物理学賞の授賞にふさわしいと判断した。

文献:
  1. T. Suyama and Masahide Yamaguchi:
    Non-Gaussianity in the modulated reheating scenario,
    Physical Review D77, 023505, 1-8 (2008).
     
  2. Teruaki Suyama, Tomo Takahashi, Masahide Yamaguchi, and Shuichiro Yokoyama:
    On classification of models of large local-type non-Gaussianity,
    Journal of Cosmology and Astroparticle Physics 1012, 030, 0-59 (2010).