授賞理由: 

超弦理論に基づく場の理論の解析や量子重力理論の研究において、ホログラフィック双対は20年以上に渡って、重要な研究テーマと位置付けられ、多くの研究者によって活発に研究されてきた。ホログラフィック双対とは、重力を含まない場の理論と重力を含む理論が量子論的に等価になるという驚くべき性質のことで、特に共形場理論(CFT)の場合には対応する重力理論は漸近的に反ド・ジッター(AdS)時空になることから AdS/CFT 対応と呼ばれている。このホログラフィック双対は、多くの非自明な状況証拠があることから広く受け入れられているが、その根本原理は未だに未解明であるため、場の理論側と重力理論側を独立に解析し、ホログラフィック双対の予想と整合するかどうかを検証することは重要な意味を持つ。近年、通常のエントロピーに加えて、量子もつれの度合いを測るエンタングルメント・エントロピーやその拡張であるレンニ・エントロピーなどの量子情報理論で用いられる情報量がホログラフィック双対の検証やその原理の解明の手掛かりになると考えられ、注目を集めている。西岡氏は、この分野で優れた研究を数多く行ってきた。その中でも特筆すべき研究として、以下の3つが挙げられる。

  1. 超対称レンニ・エントロピー
    西岡氏は Yaakov 氏と共同で、超対称性のある理論に対してレンニ・エントロピーの自然な拡張である「超対称性レンニ・エントロピー」という新しい情報量を提案し、3次元超共形ゲージ理論で解析的に計算できることを見出した。(論文 [1]) 通常のレンニ・エントロピーは、3次元以上の相互作用する場の理論で計算することが一般に非常に困難であるが、この「超対称性レンニ・エントロピー」については厳密な計算が可能となるという発見は驚くべき成果である。さらに、西岡氏はこの量がゲージ理論のみならず重力理論でも厳密に計算できることを見出し、AdS/CFT 対応の検証にも有用であることを示した。(論文[2])
  2.  
  3. 質量ギャップを持つ理論におけるエンタングルメント・エントロピー (論文[3])
    質量ギャップを持ち、共形対称性が破れた理論に対するエンタングルメント・エントロピーの研究においても顕著な業績がある。西岡氏はKlebanov 氏、Pufu 氏、Safdi 氏と共に、エンタングルメント・エントロピーが、それを定義する際に指定する領域の形や質量にどのように依存するのかを明らかにし、さらにエンタングルメント・エントロピーを用いて定義される有効的自由度を表す量が繰り込み群のフローで低エネルギーに行くにしたがって単調減少するという予想(F定理)の具体的な検証を行った。場の理論の手法とホログラフィック双対を用いた手法の両面から考察し、両者が整合的であることも示している。
  4.  
  5. ブラックホールのエントロピーの2次元共形場理論による記述 (論文[4])
    西岡氏は、Hartman 氏、Strominger 氏、村田氏と共同で、Extremal な Kerr-Newman-AdSdSブラックホールと2次元カイラル共形場理論の間の双対性を見出し、このブラックホールのエントロピーが共形場理論による微視的な計算から導出できることを示した。この業績は、最大限に回転するブラックホールと2次元カイラル共形場理論の間の双対性として知られる「Kerr/CFT」対応を大きく一般化したもので、特に通常の AdS/CFT 対応で仮定される漸近的に反ド・ジッターとなる時空以外の場合に対してもホログラフィック双対が成立することを見出した先駆的な業績と言える。

西岡氏はこの他にも顕著な業績を多数挙げており、この分野の第一人者として活躍を続けている。これらの理由から、西岡氏は木村利栄理論物理学賞の授賞にふさわしい研究者であると判断した。