授賞理由: 

高橋史宜氏は、素粒子論的宇宙論および初期宇宙論に関して精力的に研究を行い、多くの成果をあげてきた。特に、以下の業績は、世界的にも高く評価されている。

  1. 初期宇宙におけるグラビティーノ生成に関する研究:超対称素粒子模型には重力子の超対称パートナーであるグラビティーノが存在するが、宇宙初期に生成されたグラビティーノはビッグバン軽元素合成で生成される軽元素量を変えてしまうなどの宇宙論的諸問題を引き起こし得ることが知られている。論文[1,2]において高橋氏は遠藤氏・濱口氏・柳田氏とともに、インフラトンやモジュライといった宇宙初期に宇宙を支配するスカラー場の崩壊がそれまで考えられていたよりも遥かに多量のグラビティーノを生成し得ることを指摘した。そして、グラビティーノの過剰生成を避けるためには、インフレーションを起こす場や超対称性の破れについて、厳しい制限が得られることを指摘した。これは、超対称模型に基づく宇宙進化を考える上での基本的制限を与えた、重要な業績である。
     
  2. アクシオン宇宙論:アクシオンは強いCP問題から示唆される素粒子として多くの研究者の興味を集めており、宇宙論的にも重要な研究対象である。高橋氏はこれまで、宇宙初期におけるアクシオンの生成機構や進化過程について、顕著な業績を挙げてきた。特に論文[3]において高橋氏は殷氏・Guth氏とともに、Graham 氏・Scherlis 氏とは独立に、QCDアクシオンの初期振幅がインフレーション中の量子揺らぎによって決まり得ること、そして初期振幅の微調整を行うことなく暗黒物質となるのに適切な残存量が実現できることを指摘した。この業績は、アクシオン暗黒物質生成の新たな機構を与えるもので、将来のアクシオン探査実験に対しても大きなインパクトを持つ。
     
  3. 非トポロジカルソリトンの研究:超対称素粒子模型をはじめとする素粒子模型においては、スカラー場の凝縮が局在化したソリトン的な場の配位が(準)安定的に存在し得る。このタイプのソリトンは、安定性がトポロジーによって保証されていないため、非トポロジカルソリトンと呼ばれる。論文[4]において高橋氏は粕谷氏・川崎氏とともに、それまで知られていた(バリオン数やレプトン数といった)保存量チャージを持つタイプとは異なる、保存量チャージを持たない非トポロジカルソリトンの存在を指摘し、その安定性が断熱不変量を用いて理解できることを示した。そして、その宇宙進化への影響を議論した。この業績は新たなタイプの非トポロジカルソリトンの存在を指摘したものであり、その宇宙論的な重要性と相まって世界的にも広く認知されている。

高橋氏は上記以外にも顕著な業績をさまざま挙げており、素粒子論的宇宙論および初期宇宙論研究の第1人者と言える。以上の理由から、高橋氏は木村利栄理論物理学賞の受賞にふさわしい研究者であると判断した。

[1] M. Endo, K. Hamaguchi and F. Takahashi, "Moduli-induced gravitino problem", Phys. Rev. Lett. 96 (2006) 211301.
[2] M. Endo, F. Takahashi and T.T. Yanagida, "Inflaton Decay in Supergravity", Phys. Rev. D 76 (2007) 083509.
[3] F. Takahashi, W. Yin and A.H. Guth, "QCD axion window and low-scale inflation", Phys. Rev. D 98 (2018) 015042.
[4] S. Kasuya, M. Kawasaki and F. Takahashi, "I-balls", Phys. Lett. B 559 (2003) 99.