私は日本で物性理論で修士号を取った後に専門を素粒子理論に変更して米国のUCLAでPhDを取りました。その後米国とヨーロッ パで1つずつポスドクをし、日本に戻り特任ファカルティ職をした後、現在はイ ギリスのロンドン大学クイーン・メアリー(QMUL)でテニュアのファカルティ 職に就いています(日本にも所属があります)。
ここでは、私が自分の経歴の中で知り得た、学生・ポスドク・ファカルティとし て海外に留学・研究・就職等をすることに関する情報を記したいと思います。特に、海 外留学を考えている学生の方や、海外での研究を考えていたりあるいは既になさっ ている若手研究者の方に役立つと良いのですが。
(注意)情報はできるだけ正確に書くつもりですが、その正しさを保証するもの ではありません。また、私の経験は、自分が所属した大学における、物理学科の 素粒子理論に関するものです。同分野でもその他の大学には必ずしも当てはまら ないこともあるでしょうし、他分野にはさらに一部しか当てはまらないでしょう。 また、書いた時点では正しい情報でも、徐々に古くなって当てはまらなくなるか もしれません。一応、いつ書いた文章なのかが分かるようにしておくつもりでは あります。
(2017.12)
国によって学費は違います。米国の大学は学部での授業料収入によって成り立つ ところが多いので、学部の授業料は一般に非常に高額です。また、residentより もnon-residentのほうが高くなります。州立であるUCLAの2017-18年の年間 授業料はCalifornia residentsは$16,818, non-California residentsは$31,920 です[*]。 私立では$50K, $60K も普通です。例えばカルテクでは2017-18年は$68,901だそ うです[*]。
ヨーロッパでは非EU圏の学生でも大学学部が無償の国もあります(執筆時)。た だ、大学教育のグローバル化とともに段々この状況は変わりつつあり、例えばド イツでも有償化する州が出てきているそうです[*]。 イギリスではかつては学部の授業料はタダ同然でしたが、近年は上昇傾向で、 QMULでは2017年秋入学の場合の年間授業料はUK/EUの学生は£9,250、それ以外の 国の学生はその1.5-2倍くらいです[*]。
奨学金に関しては、まず、日本の団体の海外留学奨学金に応募するという方法が あります[*]。また、留学先の大学自体からもらえる奨学金 もあります。後者の場合、授業料免除が含まれるかもしれません。QMULの学部レ ベルの奨学金情報はここにあります。
ちなみに、逆に、海外から学生を呼び込もうという日本の大学は授業料の 国際標準から見た比較的な安さを売りの1つにしているようです[*]。
(2017.12)
日本国外(欧米だけでなくアジアも)の理系大学院(PhD)においては学費はかか らず、むしろ給料をもらえる場合が多いです。
米国の大学院に応募して合格すると、合格通知ではなくTeaching Assistant (TA)やResearch Assistant (RA)のジョブのオファーが来ます。TAやRAとして働 くことにより、授業料は免除(正確には学部や教員が代わりに払ってくれる)に なり、さらに給料ももらえるということです。あるいは、大学の何らかの fellowshipをあげるので、働かなくてもいいという場合もあるでしょう。(逆に、 TAやRAはオファーできないけど、授業料を払ってくれたら居てもいいよという場 合もあるでしょうが、それはどちらかというと不合格に近いものでしょう。大学 院の授業料は学部の授業料と似たようなものか、それより高いでしょう。)TAは 学部が学部生の教育のアシスタントとして雇ってくれるもので、RAは教員が持っ ているグラントで雇ってくれるものです。
私は米国UCLAの博士課程で2000-2004年の間TAとRAをしていました。TAとして 雇われたばかりのときは授業料免除の他に月$1,500ほどのsalaryをもらっていま したが、段々昇給し、卒業間近のときには$2,000近くであったと思います。
国によって修士課程(MSc)・博士課程(PhD)の構造が違います。米国ではMSc・PhD コースが分かれておらず、5年で一貫のPhDコースが多いのではないでしょうか。5年 で取れなければもっと居ることも可能ですが、TAやRAをし続けることができるか は学部や指導教官の財政状況によるでしょう。
イギリスでは学部3年、修士1年が普通で、それらは授業料がかかります。ただ、修士 は学部に比べて奨学金のオプションが多く、授業料だけでなく生活費もカバーす るようなものもあるようです(QMULの修士過程の奨学金情報)。一方PhDは3-4年で、授業 料は免除され、プラスして給料がもらえるのが普通です。
QMULの物理では大学のstudentshipや研究グループの持っているグラント等を用いてPhD studentを雇います。皆RAという形で授業料は免除かつ給料が支給されますが、さらにTAをして収入を増やすこともできます。Studentship・グラント等は優秀な学生に授与されるわけですが、次点の学生で自分で生活費を払ってもいい、という場合には授業料免除ただし給料なし、という条件で採用することも有り得ます。
イギリスはMSc 1年、PhD 3年なので、イギリス国内でMSc, PhDを取得してア カデミアに進む場合には、その他の国の5年のPhDコースで学位を取る学生に比べ て不利です。その分経験も少ないですし、また、ポスドクに応募するために必要 となる論文を書く時間も少ないですから。ですから、アカデミア志望の学生には PhDの期間を1年伸ばしてあげることがあります(その分の財源を確保する必要が ありますが)。一方、non-academic jobに就職したい学生は3年で問題ありませ ん。ロンドンには金融業やIT関係など、物理のPhDで就職に困ることはありませ ん。(日本やその他の国で2年かけてMScを取得後にイギリスで3年間でPhDを取得 するならばこのような不利な状況はありません。)
奨学金に関しては、学部レベルと同様に、まず、日本の団体の海外留学奨学金に 応募するという方法があります[*]。留学先の大学自体からもらえる奨学金もあり ます。QMULの修士課程の奨学金情報はここにあります。
(2017.12)
他のサイトや書籍等を参照してください。
海外ポスドクには主に
上のなかで2. 通常のポスドクに関しては、
また、3. 海外のフェローシップやグラントは、通常のポスドクと応募方法も締切が異 なることが多いので、注意が必要です。研究グループが直接雇用するのではなく、 大学やカウンシルなどが毎年優秀な若手研究者に授与するもので、より prestigious だと考えられます。例えばアメリカでは大学が授与するものとして
(2017.12)
ヨーロッパにも上項3.の大学やカウンシルが授与する フェローシップやグラン トがあります。これらは必ずしもポスドクだけを対象としたものではありません。 フェローシップ終了後にほぼ確実にテニュアのファカルティになれる場合もあり ます。また、既にファカルティになっていても応募できるものもあります。その 意味で対象はポスドク、ヤングファカルティを含む若手研究者と言えます。
以下に(主に)若手研究者を対象としたヨーロッパのフェローシップ・グラント を表にしました。私が知る機会があったものに限られているので、国的に非常に 偏っています。他の国にもあるでしょう。
受入機関 のある国 |
期間 (年) |
PhD取得 後年数 |
締切 (Y/M/D) |
備考 | |
---|---|---|---|---|---|
Marie Skłodowska-Curie Fellowship | EU Member States / Associated Countries | 2 | - | 2017/9/17 | 年間給料€69Kまで |
ERC Starting Grant | 〃 | 5 | 2-7 | 2017/10/17 | 総額 €1.5M(+€0.5) |
ERC Consolidator Grant | 〃 | 5 | 7-12 | 2018/02 | 総額 €2M(+€0.75) |
(ERC Advanced Grant) | 〃 | 5 | significant research achievements in the last 10 years | 総額 €2.5M(+€1M)。シニア向け | |
Newton International Fellow | UK | 2 | -7 | 3月 | イギリス外の非イギリス人対象 |
Royal Society - University Research Fellowship | UK | 5+3 | 3-8 | 2017/9/4 | パーマネント職を持っていてはならない。 |
STFC - Ernest Rutherford Fellowship | UK | 5 | 2- | 2017/9/21 | アカデミックポジションを持っていない若手対象。 |
EPSRC | UK | 5 | - | 2,7月 | |
Veni | オランダ | 3 | 3 | 1月 | 総額 €0.25M。 |
Vidi | 〃 | 5 | 8 | 10月 | 総額 €0.8M。オランダは大学数が少ないので、任期終了後にテニュアになれる可 能性は高くないよう。 |
(Vici) | 〃 | 5 | 15 | 3月 | 総額 €1.5M。シニア向け。 |
(2017.12)
国によって職階のシステムが違い、したがってテニュアトラック・テニュア などの雇用形態も違います。
アメリカの場合、通常、最初はテニュアトラックのassistant professorとし て採用され、分野によって違うでしょうが6年後くらいにテニュア審査を受けて 通るとテニュアのassociate professorとなります(落ちるとその大学を去るこ ととなります)。その後昇進審査を受けて通れば(full) professorになります。
イギリスの場合はLecturer, Senior Lecturer, Reader, Professorという職 階があります。最初にLecturerとして採用された段階で既にテニュアで、その後 は昇進審査を受けて職階が上がります。Senior Lecturer, Readerあたりの意味 合いや上下関係は微妙で、大学によります。上に書いた5年以上のフェローシッ プを得た人はこれらの職階に当てはまらず、フェローになります。フェローシッ プが終了して通常のテニュア教員に移行する際には状況に応じてSenior Lecturer, Reader等の職階が与えられます。このようなイギリスの伝統的な職階 に代わり、アメリカ的なassistant/associate/full professorという職階を導入 する大学も増えてきています。また、ちなみに、イギリスにおいては素粒子理論 (hep-th)は物理学科(physics)ではなく数学科(mathematical sciences)に所属す ることが多いです。
他の国の場合は正確なことを知らないのでここでは記しません。
ファカルティジョブに関する情報源には
また、国によっては、大学に採用される教員職以外に、国の機関にパーマネント の研究者として採用されるという道もあります。例えばフランスにはCNRSという 機関があり、毎年研究者を募集しています。日本の卓越研究員制度は日本版CNRSである という話もあります[*]。 また、イタリアにはINFNというものがあります。
少なくとも北米・ヨーロッパにおいてはファカルティに採用されるのに国籍は問題とはならな いと思いますが、非英語圏での言語の問題はあります。研究教育に関しては英語だけで大丈夫な 場合もあるでしょうが、日常生活で現地語を話せないと困るということが有りえます。
私が経験したイギリスの大学におけるファカルティ選考(前述の5年以上のフェ ローシップの面接ではなく、大学の通常のファカルティの選考)について記しま す。イギリスにおいても大学によっては選考の様子はかなり異なってくるものと 想像します(特に、私が経験した研究大学における選考ではなく、もっと教育に ウエイトのある大学における選考は随分違うでしょう)。
応募は上記のような情報源からポストを見つけて応募するというもので、ポスドクの応募と変わりありません。書類審査を通過すると面接に呼ばれます。面 接当日にはまず、これまでの研究内容を、もしも採用されたら自分が所属するこ とになる研究グループメンバーの前でプレゼンします。これは通常のセミナーの 短いバージョンのようなもので、グループメンバーから意見を募る目的です。 その後は、学部長、学部の教育責任者、研究グループ長等との面接を行います (いわば、こちらが本番です)。内容的には研究・教育への抱負などで、具体的 な質問例は "academic interview questions" などで検索すればいく らでも見つけることができます。そのような想定質問に対する回答は当然頭に入 れておく必要があります。これは完全なる研究職でない限りどこの国においても 同じでしょう。その後オファーが来たら条件の交渉後に採用あるいは物別れとな ります。
(2017.12)