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   第1回「優生学の歴史から」1999.5.29

 優生学といえば、ナチス・ドイツの断種法、更に障害者やユダヤ人の虐殺へとエスカレートした忌まわしい歴史を思い浮かべる人が多いでしょう。優生思想は原子爆弾とともに20世紀の科学と社会のもっとも不幸な関係でした。しかし、これに反発して科学そのものを否定するのも誤りです。体外受精児ルイーゼちゃん誕生から21年、クローン羊ドリー誕生からおよそ3年、21世紀は発達した生殖技術・クローン技術の結果、再び優性思想が隆盛することもが予想されます。そんなことは人道的に許されないといってみても、いったん獲得した科学技術は普及します。こういうテーマの授業をすると、「いい遺伝子と悪い遺伝子というものがあるのでしょうか?あるとすれば、それを人が判断できるのでしょうか?」と学生から質問がでました。いい論点ではっとしました。
 例えば数理生物学では「進化的に有利な遺伝子と不利な遺伝子」があるという仮定から出発するのでそういう発想で考えることを忘れてしまいます。

 そこで、一見明らかに悪い遺伝子と決めつけてもよさそうな鎌状赤血球貧血症という病気を引き起こす遺伝子の例をあげて、みんなに考えてもらう事にしたのです。

鎌状赤血球貧血症は、アフリカなど熱帯地域に多い遺伝病です。これは劣性遺伝子なので、T対の遺伝子のうち2つともこの遺伝子をもっているホモの場合は非常に重い貧血症でほとんど死に至りますが、片方だけのヘテロの場合は、普通の状態では生きていくのに殆ど問題ないのです。不思議なのは、この死亡率の高い鎌状赤血球貧血病はとっくに淘汰されてもいいはずなのに特定の地域には残っているのです。これは、何か理由がありそうですね。

 さて、マラリヤ病は今でもまだ猛威を振るっている伝染病です。このマラリヤ原虫が分布する地域に鎌状赤血球貧血症者が多いのです。図1がその分布を示したものです。1954年、マラリア病に罹った子供のうち、へテロの子どもは症状が軽い事が発見されました。その原因も解明され、危険視されていた鎌状赤血球貧血症が意外にもマラリア予防に威力を発揮する事がわかったのです。意外な発見でした。

 そうなるとマラリヤが流行する地域では、一体どちらがいい遺伝子なのでしょう?今、米国の精子バンクにはノーベル賞受賞者の精子が冷凍保存されて売買されているそうです。しかし、ノーベル賞を貰えるような研究者には結構変わり者も多いですよ。アインシュタインは随分物忘れもひどかったそうです(人の事はいえませんが・・)。手持ちの「浅はかな知恵」で人間の優劣を一方的に断定するのは危険なのです。といっても決して何も断定してはいけないなどといっているのではありません。まだ分かっていない事に対して謙虚であるべしということですね。



 第2回「性の起源の話」1999.6.5

 私の講義は受講生が6〜700人という多人数講義ですが、これくらいの数になるとよほどの努力をしてもちょっとした油断やすきに乗じて雑音が一挙に教室中に広がり、授業はざわざわした感じになります。昨年、これだけの人数でも授業を静かにできる経験をしました。テーマは「性の起源と進化」で、同僚功刀先生と共編著『性差の科学』(ドメス出版)でとりあげた得意なものの1つです。「今日は三大話をします。これから『性はなぜあるのか』考えて下さい」と始めました。彼らはシーンと聞き入っていました。
 まず、ゾウリムシ。これはその専門家、筑波大学の高橋三保子先生に顕微鏡で見せてもらったのでなじみ深くなりました。高橋さんは、ゾネホーン研究室でも仕事をされた大変愉快な研究者です。ゾウリムシは単細胞生物で細胞分裂によって増殖しますが、およそ数10回分裂を繰り返すと増殖力が減退してきます。ゾネホーンがゾウリムシのメイティングという面白い現象を発見したのは1937年ですが、増殖力をなくした2種のゾウリムシを同じシャーレに入れてやると大きな1つの固まりに凝縮し、やがて今度は異種のものがペアになって走り出すのです。そのペアは、分裂して元通り2つの細胞に別れのですが、この間お互いの細胞中の遺伝子組み替えを行っているのです。細胞接合可能な組み合わせは決まっていて細胞接合できる集合を『種』の原始的な形態、『シンジェン』というそうです。第二番目の大腸菌も単細胞で、半日で700億倍にもなり世代交代が速いので、生物の研究にはショウジョウバエとともによく使われます。余談ですが、大腸菌には遺伝子の供与体(donor)と受容体( recipient)があってオスとメスの原形だと思われています。この大腸菌には、ある種のアミノ酸がないと生きていけない栄養要求型と、それがなくても生きていける野生型(k-12)があります。培養皿にあるアミノ酸要求型と別のアミノ酸要求型を入れておく、そしてそこからアミノ酸を全部なくしてしまうと、この大腸菌は細胞接合により野生型に変身するという面白い現象が発見されました。

 三番目はミジンコです。ミジンコは、生物の好きなマニアが趣味で飼っているようです。このミジンコは、普通はメスがメスを産んで増殖(単為生殖)します。ところが、水温がかわるとか栄養が少なくなるとかといった環境の激変があると、メスがオスを産んで、有性生殖に変わるのだそうです。これは、「たけしの万物創世紀」というテレビで放映された番組で知りました。

 このテーマは、出生前診断、生殖技術やクローン技術という現代問題を科学的な視点で考えていく導入部なのです。



 第3回「原子力エネルギーと多人数実験」1999.6.12

 私の自然科学概論の授業は、700人を超える多人数の場合が多いので、この多人数を利用して出来る実験を授業で工夫してみようといろいろ試みています。
 原子力エネルギーを理解させる多人数実験はその成功した例です。昨年度1000人を超える受講生を半分にわけ、中西健一先生と相談しながら同時限に同じ授業を進めました。2人で相談して工夫したおかげで短時間でしかも効果的な実験ができたのでそれを紹介します。

 これは、学生がウラン原子核の役になり、原子炉(あるいは原子爆弾)内での核反応劇を演じるので

す。ウラン235に中性子が当たると、ウラン235は分裂して、その際2あるいは3個の中性子を放出します。その中性子がまたウランに当たって次々と連鎖反応を起こすのですが、この時にでるエネルギーが原子エネルギーです。

 「ウラン核分裂の実験をしましょうか?」というと、「放射能を浴びないならやりたいです」などと学生がいいますが、やはり自分たちが参加するのは面白いようです。この実験は始めてからもう6・7年たちますが、いくつかの改善をしてやっと安上がりでうまくいくものに完成しました。今まで、ウランに照射される中性子、それからウラン分裂のときにでてくる中性子に、小豆・飴玉・人間などを使ってきましたが、今回は折り込みの広告紙を丸めた紙玉にしました。安価で当たっても痛くなくよく見えるのです。まず、ウランに見立てた紙玉を3つもった受講生(ウラン235)につめて並んでもらいます(濃縮)。そこへ私が1つ紙玉(中性子)を投げ、当たった人(ウラン)は3つの紙玉(中性子)を周囲に投げ出します。次にその紙玉が当たった人はまた3個の紙玉を投げ出すのです。連鎖反応の様子がよく分かるのです。「僕は端にいたので結局中性子は当たらずつまらなかった」という学生もでてきて、このことから現実の境界効果までわかったのです。

 また、本当の核分裂過程では、およそ10の23乗個のオーダーのウラン235が分裂してはじめて莫大なエネルギーが放出されるので、連鎖の回数は約60回です。ですから、たかが700人では6回程度ですから、明らかに未臨界実験です。このことも後で計算で確かめさせるようにしています。ただ、紙玉は飴玉と違って実験後にみんなが拾っていかないので、教室がごみらけになって迷惑がかかるので、これを何とかしないといけません。そこで、清掃係の方々にお願いして、大きなごみ箱を教室の出口に設置してもらい、「核廃棄物処理は、原子力発電の最も深刻な問題である」ことを説明して持ち込んだ紙玉の数だけごみ箱に入れて帰るようにしてもらいました。この方針は驚くほど徹底して、実験後の教室には紙玉は1つも残っていませんでした。感激しましたね。これで、ウラン濃縮・核分裂の臨界量・連鎖反応・制御棒・未臨界実験・そして核廃棄物処理の概念までしっかり理解した事がテストでもよくわかりました。

紙玉を使った核分裂実験の様子
[愛知大学法学部生 杉浦葉月さんのイラスト]

(拡大画像はスキャニング終了後に掲載します)



 第4回「多数集団のおもしろさ」1999.6.19

 何でもいい。素粒子、原子、分子、細胞、人間、あるいは高速道路を走っている自動車、それらが多数集まった集団を考えて見ましょう。このとき、個々の構成子のもっている小さな特徴は集団の中で帳消しにされて、個々の個性がマクロに現れるということはまずありません。こうして、人間集団の構成員の個性の違いには目をつぶって社会現象を論じたり、運転者の細かい流儀によらない共通の大まかな運転挙動を論じたりできるのです。
  このとき大切なのは、個性はできるだけなくしますが、個々の構成子(メンバー)にみられる共通の特徴はきちんと抽出することです。個性をなくすと、構成子同士の入れ替えに対して対称な集団になります。
  ところで、この構成子間にはお互いに相互作用が働くのが普通です。鉄やニッケルなどの磁石によく寄せられる(強磁性)物質を加熱していくと、ある温度を超えたところで、急に磁石に引かれなくなる(常時性)という現象があります。これを、強磁性・常時性の 相転移といいます。鉄やニッケルは、原子磁石の集まりですが、温度が高いと、原子磁石が好き勝手な方向に揺さぶられて、常時性相 になっています。ところが、温度を下げていくと、ある臨界温度(この場合キュリー点といいますが)に達すると、近くの原子磁石の磁極の向きをそろえ、全体が磁石になって強磁性相に移るのです(自発磁化)。たまりたまってある臨界点に達すると急に起こるこういう現象を、物理の場合には、「相転移」といっています。超伝導・超流動・自発磁化などはみんなこの現象です。素粒子の分野の統 一理論でも、またビッグバン宇宙論でも、この概念なしには論じられません。
  さて、人間の集団や車の流れにもこのような現象が起きているとは思えませんか?(坂東昌子著『物理と対称性』丸善出版) 今年は、これを多人数実験で試みてみようと、教科書の表紙を裏と表の色をピンクと青にしてみました。「両隣が青なら私も青にしてみよう」といって、周囲とコミュニケーションをとりながら動かしていると、はじめは同じ割合で混じりあっていた2つの色が、1色に変わってしまうことがあるかどうか、自発磁化のようにうまく行くでしょうかね?これで、個々の構成子がもっていた小さな個性が強調現象を起こして、ある限界温度をこえると急に全体としてマクロ側にみえてくるという相転移現象を理解してみようと思っているのです。


 第5回「日本の素粒子論研究とニュートリノ」1999.6.26

 「多数集団の面白さ」で紹介した多人数実験「相転移現象」をこの間の授業でついに決行しました。これは、学生を原子磁石に見たてて、原子磁石同士の相互作用によって、磁石の向きがそろい、原子の集まり全体が磁石になる「自発磁化」の実験です。うまく行くかどうか自信はなかったのですが、結果は大成功、みんなが参加する授業の楽しさを味わったようです。
 授業ではまず、前回の新聞記事を配りました。「誰か、超伝導を説明できる?」といったら、S君が手を挙げて、「温度をどんどん下げていくと、それまで電気抵抗があった物質が、急に抵抗がゼロになる物質があって、電流がすいすい流れる現象です。」と答えてくれました。このS君、文型の学生なのに、いつもまことにいろいろな自然科学の知識を披露してくれる子です。それからいろいろ質問が出ました。「マクロってなんですか?」「素粒子の統一理論って?」「宇宙のビッグバンとどう関係しているのですか?」「超伝導は高校で習ったけど、超流動って何ですか」などなど、質問が続出です。私はできるだけやさしく書いたつもりでしたが、やはりわかりにくかったのですね。
 実験は表はピンク、裏は青の私のテキストを使います。最初、テキストの好きな色のほうを前方に向け、号令に会わせて何回か同じルールで色を変えいく、という単純なゲームです。ルールとしては、(1)左右を見て多数決で決める。(2)前後左右を見て多数決で決める。(3)さらに隣の隣までみて、多数決で決める。(いずれも同数だったらどちらでもいい) という3通りです。ルール(1)では1列ごとにしか同色になりません。ルール(2)ですと、7,8回、ルール(3)ですと、4,5回で700人近くもいるのに、ほとんど色がそろいます。(もっとも、以下所だけ色が変わらないところがあるので、きいてみたら、中国からの留学生で、日本語がもひとつよくわからなかったらしく、ルールどおりに色を変えてくれなかったのでした。) 「私は上のほうの席にいたのですが(階段教室です)、どんどん色が変わっていくのがよくみえた」「適当にやっているようなのに、こんな多人数でもそろってしまうなんて、驚きました」「左右を見て、前後左右を見て、少し遠いところまで見て、周囲に色を合わせる、子の順で色の合う速度が速くなるのがよくわかった」「先生の教科書がどうしてこんな派手な色なのかと思っていたが、今日、そのわけがわかりました。教科書の色を使って実験するという発想が面白いです」といった感想がたくさん寄せられました。「先生にはわるいけど、プリントの記事を読んだときは、自発磁化どころか、超伝導も超流動もぜんぜんわからなかった。しかし、実際自分自身 が、磁石になって実験してみると簡単に納得できた」とのこと。化学変化を起こす実験や、物を投げる運動の観察、自然の植物や動物の観察など、自然に働きかけたり、観測したりする実験は多々ありますが、自ら原子になる実験は、新しい発想の実験で、しかも、学生には大変実感できる面白い実験であったことをあらためて認識した次第です。
 「自発磁化なんて、もっと難しいものかと思っていたけど、まわりとのコミュニケーションの結果なのですね。若者の服装や髪型の流行も同じような現象ですね。このような現象を物理では、相転移などという難しい言葉で言うのですね」とか、「鉄のくぎを永久磁石にこすり付けるとくぎも磁石になりますね。この現象は温度が下がって原子磁石の向きがそろったのではなく、外部からの磁場で強引にそろったのだから、多発磁化というのでしょうか?数学ができなくて文系にすすんだ私ですが、科学に対して興味が出てきました。数学なんて関係なく、面白いことがわかるのですね」 すごいですね。自発磁化の概念が本当によく理解できています。

補足; ところで、ついでですが、子の実験で温度をどうして持ちこむかですが、これも簡単に実験できます。 「3回に1回は、多数決に従わずに、自分の好きな色にして下さい」というような自由度を入れるのです。面白いことに、このやりかたで、温度を入れると、色はなかなか1色にそろいません。これもやってみたのです。

 2つの解説の補足説明

 どうして交通渋滞の発生と、自発磁化の現象とによく似たところがあるのでしょうか?自然現象でも、人間の集団でも、多数が集まると、それほど環境が変わったとも思えないのに、急に集団の様子が変わるという現象がよく起こります。物理ではこれらは「相転移」という現象として知られています。原子の集まりである物質では起こるこのようなドラマチックな現象を、近代物理学はみごとに解明しました。今日行った自発磁化の実験は、実は、自発磁化の説明につかわれているイジング模型と呼ばれているものです。  
 では、同じメカニズムが、生物の集団や人間の集団である社会にも働いているでしょうか?生物や人間は、原子と違って、たいへん複雑な行動をします。特に人間の場合には、意思があるので個性的な複雑な行動になります。そうすると、いろいろな要因が働いて集団の様子が決まるので、原子の集団のようには簡単に解明できませんね。こういう集団はまとめて 「複雑系」と呼ばれていますが、経済の動き、株の変動なども含めてこうした複雑系の解明は現代科学のこれからの大きな課題です。  
 ところが、こういう複雑な系でも、そのエッセンスを取り出して単純化し解析してみると、案外うまく理解できることもあるのです。車の運転は安全運転を目指すように訓練するので、けっこう規則的です。そこに目をつけて、交通渋滞を、一種の「相転移」現象として理解してみようと、長谷部先生や中西先生、それに以前愛知大学で非常勤講師をしていただいていた中山章宏先生や杉山雄規先生と一緒にこの研究をはじめたのです。



 第6回「4次元をこえた世界」1999.7.10

 最近、「四次元以上の時限が見つかった」という論文が目についてアレッとびっくりしました。私の専門である素粒子理論では、今、異次元の世界をごく近い将来垣間見られるかどうかが、熱いまなざしで検討されているホットな話題の1つです。実は、米物理学会が募集した未来の論文のエッセーコンテストの入賞論文でした。2011年にヨーロッパのCERN研究所にある大型ハドロン衝突実験(LHC)で発生した電子対などの様子から、W粒子とまったく同じ性質で質量が大変重い粒子が生成されたという想定でした。
 私たちは、この世界は三次元の空間プラス時間という四次元だと思っています。もし、土の表面についている細い道を前後に動けるだけの虫がいたとしたら、彼はこの空間は一次元だと思うでしょう。もちろんこの虫が賢かったら、カーブを高速で曲がったとき感じる遠心力からもっと広い空間を認識できます。
 素粒子論でも、単に何の根拠もなく多次元を考えている訳ではないのです。素粒子の間の四種の相互作用は重力と電磁力、強・弱相互作用の四種があり、すべてゲージ理論で説明できそうなことがわかってきました。つまりおのおの対応した「糊(のり)」の役割をするゲージ粒子である。グラヴィトン・光子・カラーグルオン・W、Z粒子が素粒子間を取り持つ糊の役割をしているのです。ワインバーグ・サラムは弱相互作用と電磁力の統一理論を作りました。さらに重力を除く三つの力を統一する大統一理論も提案されました。そして、重力をも含む統一理論の候補として注目されている超弦理論では、この世は十次元だというのです。
 ところで、素粒子が空間を認識するのはこのゲージ粒子を通してで、このセンサーであるゲージ粒子が何次元の空間を感知するかがここで問題になります。例えば電磁相互作用のセンサー、光は三次元に均等に広がっていきますが、カラーグルオンは束状に一次元で伸びています。今のところ、例えば五次元方向に伸びている様子のないことは、少なくとも10-15(マイナス15乗)メートルまでは確かめられています。ですから、今までは「四次元を超えた世界はあったとしてもどうせ10-15(マイナス15乗)メートルという途方もない小さなスケールだから今そんなこと考えても仕方ない」と私などは思っていました。ところが意外なことに、重力というセンサーはミリメートル程度の異次元の広がりがあっても現在の観測と矛盾しないということが指摘されたのです。一般に素粒子が余分の次元に広がっていると、同じ性質で質量だけが大きな素粒子がたくさんあるはずなのです。
 最初にこの可能性を指摘した人の名前をとってこれをカルツァ・クライン粒子と呼びますが、これを探せということになります。



 第7回「“すばらしい新世界”」1999.7.24

 二回目の「姓の起源の話」のなかで、生物は環境が激変すると自ら遺伝子を組み換えて、環境に適した性質を獲得して生き残るのだという話をしました。そしたら、読者から「このテーマがどうして出生前診断、生殖技術やクローン技術という現代的課題につながるのか?」という質問をいただきました。
 そのこころは、生物の進化の基本条件は、遺伝子の組み換えを通じて集団の中に多様な形質が広がる、つまりコミュニケーション(細胞接合)と多様性なのだ、ということなのです。有性生殖では、環境に耐えて生き残る有利な形質を獲得する「遺伝子組み換え」という行為を世代が変わるたびに自動的に行っています。つまり、有性生殖はコミュニケーションを繁殖行為と結び付けた大変効果的な方法だったのではないかというわけです。地球の長い歴史の中で進化の過程を通じて、有性生殖という大変有利な戦略が選ばれ、性が生物界に広く普及したのも、こういう理由のようなのです。有性生殖ではないゾウリムシや大腸菌でさえ、環境の激変に耐えるのにクローン技術を回避する戦略をとってきたわけですからね。
 さて、遺伝生物学の研究でわかっているのでは、生物の集団を考えるとき、集団の中にいる生物の数があまり小さいと遺伝的な多様性が保証できず進化が起こらず滅びていくのだそうです。育種学ではこれを「選抜限界」といいます。今、アメリカでは精子銀行でお好みの精子を買える時代になっています。たとえ精子提供者の集団が十分大きかったとしても、売れゆきのよい精子は同じ種類ばかりという可能性は大いにあります。そうすると、選抜限界をこえてしまいますね。進化の過程で有性生殖という有利な戦略をとったのに、逆戻りですね。このことは生殖技術の発展が人類に何をもたらすかについて、大切なヒントを与えてくれています。
 最近、オルダス・ハックスリーの『すばらしい新世界』という小説を読みました。二十世紀の前半、優生学が世を風靡(ふうび)していたころに出された痛烈な風刺科学小説です。ここでは、人間は人工孵化(ふか)研究所でコントロールされながら生産され、倫理に背く自然の生殖によって生まれた子供は「野蛮人」とよばれるのです。この小説のように、人間の誕生が一定の価値観で選択され人為的にコントロールされると、選抜限界がよけい低くなってしまうでしょう。人為的なコントロールは自然の自由選択よりうまくいくという段階にはなっていません。人間が作り出す工業製品にさえ、品種改良ににた遺伝子の組み替えをまねした遺伝的アルゴリズムという方法で、環境の激変に強い優れた製品ができるということですから、男女の偶然的な出会いによる自然な遺伝子組み換えは、今のところ進化に最も有利な戦略だったのだということでしょう。


 第8回「自発磁化の多人数実験」1999.8.7

 第四回の「多数集団の面白さ」で紹介した多人数実験「相転移現象」をこの間授業でついに決行しました。これは学生を原子磁石に見立てて、原子磁石同士の相互作用によって磁石の向きがそろい原子の集まり全体が磁石になる「自発磁化」の実験でした。うまくいくかどうか自信がなかったのですが、結果は大成功、みんな参加する授業の楽しさを味わったようです。
 授業ではまず、例の新聞記事を配りました。「誰か超伝導を説明できる?」といったら、S君が手を挙げて「温度をどんどん低くしていくとそれまで電気抵抗があった物質が、急に抵抗がゼロになる物質があって電流がすいすい流れる現象です」と答えました。それから「マクロとはどういう意味ですか」、「素粒子の統一理論って?」とか、「宇宙のビッグバンとどう関係があるの?」「超伝導は高校で習ったけれど、超流動はどんなこと?」など、質問が続出していかに記事がわかりにくかったかを思い知りました。
 実験は表はピンク、裏は青の私のテキストを使います。最初、テキストの好きな色の方を前方に向け、号令に会わせて何回か同じルールで色を変えていく、という単純な操作です。ルールとしては、(1)左右を見て多数決で決める(2)前後左右を見て多数決で決める(3)さらに隣の隣まで見て多数決できめる、(いずれも同数ならどちらでもよい)という三通りです。ルール(2)ですと、七、八回で、(3)ですと四、五回で七百人近くもいるのに、ほとんど色がそろいます。
 「私は上方の席に座っていたが、どんどん教科書が一色に変わっていくのがよく見えた」「適当にやっているようなのに、こんな多人数でもそろってしまうので驚いた」「左右を見て、前後左右を見て、少し遠い周囲を見て色を合わせる、この順で色の合う速さが速くなっていた」「派手な色の表紙のわけがやっとわかった。裏と表を使って実験をやる発想が面白かったです」とのこと。「先生には悪いが、プリントの新聞記事を読んだ段階では、自発磁化どころが超伝導も超流動も全然わからなかった。しかし、実際自分自身が原子磁石になって実験してみると簡単に納得できた」には参りました。
 「自発磁化なんてもっとむずかしいものかとおもっていたけれど、周りとのコミュニケーションの結果なのですね。このような現象を物理では、相転移なんてむずかしい言葉でいうのですか」とか、「鉄のくぎを永久磁石にこすりつけるとくぎも磁石になりますね。この現象は温度が下がって原子磁石の向きがそろったのではなく外部からの地場で強引にそろったのだから、他発磁化ですね?数学ができなくて文系にすすんだ私ですが、科学に対して興味が持てました。数学なんて関係ないですね」-すごいですね。まだまだたくさんコメントがあり、載せられないのが残念です。

 
 第9回「超ミクロの世界」1999.8.21

 授業で、「先生は授業以外の時間何をしているのですか」と学生から質問を受けました。どうやら大学の先生は、授業以外に何をやっているのか学生にはなかなか分からないようです。そこで私は、「大学の授業は、単に知識を得るためのものではありません。もちろん、市民として科学の基礎的な知識は不可欠です。しかし、自然界に起こる現象を通じて、科学的なとらえ方、広い観点から現象を理解する、論理的に原因を突きとめる方法、問題を解決する筋道、そういうことを身につけていくことが大切です。私たちは、それぞれ特定の専門があり、その分野での未知の課題に日夜挑戦しているのです。課題に挑戦する姿勢、未知のものに迫る意気込み、科学的な態度、そういった気風をみなさんにじかに伝えられなかったら、大学のいいところはなにもありません」と話しました。で、具体的に「素粒子の統一理論ってなんですか」という質問に答えておこうと思います。
 「宇宙を構成している物質が何からできているか」という問題は昔からみんなが知りたく思っていました。そのすべての物質がたった百種類ほどの原子(元素)からできていて、そのいろいろな組み合わせである分子の集まりが、多種多様な物質だということがわかったのはご存じですね。次に、百種類もある原子をもっとミクロにみると、原子はその中心にある原子核と周りを回っている電子からできています。この原子核をもっとミクロに見ると陽子と中性子という素粒子の集まりです。この原子核中の陽子や中性子の数が違うと、違った元素になるのです。ここまで分かると、たくさんある原子を統一的に理解できることになります。この陽子や中性子、それに電子などを素粒子と呼んだのは、湯川秀樹先生ですが、この素粒子の種類も続々とたくさん見つかって、もっと中身を検討しなくてはならなくなりました。そして、陽子や中性子などはまたまたクォークがいくつか集まってできていることが分かりました。そのクォークも種類がたくさんあることが分かりました。今は、クォークや電子などを素粒子と呼んでいます。それにもいろいろな種類があるのをどう統一的に理解したらいいか、これが現在の素粒子論研究の課題なのですね。で、実は私はこういうことを研究しているのです。
 「マクロとはどういうことですか」とか学生から質問が出ましたが、マクロとは「巨視的」、ミクロとは「微視的」と訳されます。経済学でも大きく社会全体の動きを研究するのはマクロ経済学、中の経営体の相互作用に立ち入って研究するのはミクロ経済学といいますが、同じ使い方ですね。私の専門は、超ミクロの世界が対象なのです。


 第10回「理科ぎらい」1999.8.28

 今回でおしまいになりますが、私の記事について、いろいろなご意見をいただきました。多くの方々から「はじめは分かりやすかったのですが、専門の話のところになるとさっぱり分からなくなりました」といわれました。私もまだまだ修行が足りないことを痛感しました。科学用語を並べるだけの記事になっていたのですね。専門用語を連発すると、結局肝心のことが伝わらず、難しいという印象ばかりが残ります。
 先日、物理学会で理科教育の懇談会があり、高校の物理の教科書が、まるで専門用語の辞典みたいで、なんの面白味もないとみんなが嘆いていました。私も、文系の学生を教えはじめて十年になります。なぜ?どうなる?という好奇心がないわけではありません。学生たちは科学のいいセンスを持っているし、面白い発想もします。そしてけっこう「たけしの万物創世記」や「サイエンスアイ」、「ETV特集」などのテレビの科学番組も好きです。決して彼らは「理科嫌い」ではないのです。嫌いなのは、わけも分からず落下運動の式や化学記号を覚えさせられたことなのです。
 そこで今、私のゼミでは、「理科嫌い」のアンケート調査をしようと準備を進めています。学生たちが知恵をしぼってほぼ構想がまとまり、今準備のためのプレテストをはじめています。その集計結果から、設問を再度取捨選択し本調査をしようというところまできました。その中で、小・中・高校の教科書からとってきた強烈な印象のありそうな図や式などを見せて、反応を見ようという項があります。ゼミの学生でやってみたところ、例えば、有機化学式、あの亀の甲に水素や酸素などがくっついた式や、落下運動の図などはみんな嫌なイメージをもっていることが分かりました。
 私が、例の多人数実験(第八回)をしたとき、ある学生が、「昔、偉い学者さんが、『相対性理論』でしたっけ?なんかそういうむずかしいことをお考えになったようですが、もしかしたら、実は今日おこなった実験のように当たり前の簡単な表現で表したり、分かるような実験ができないわけではないのではないか?とこう思わせる、科学をもっと身近に感じる講義でもありました」とほめてくれました。ドキドキワクワクする推理ものと似た科学の面白さを、みんなに伝える工夫が、教員側にまだまだ足りないのではないか、と今反省しております。



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