非平衡ゆらぎの理論的研究
近年の非平衡物理において活発に研究されているテーマの一つは,単一高分子やコロイド粒
子のような,熱力学極限を取らない微小系の熱力学や統計力学である.このような系では,ゆら
ぎが無視できない役割を果たす.微小系の熱力学的性質は,非平衡統計力学の基本原理について
の理論的観点からも,生体高分子から量子系まで様々な実験的観点からも,ホットなトピックに
なっている.
その重要な成果の一つは,1990 年代以降,非線形・非平衡領域でも普遍的に成立するいくつか
の等式の存在が明らかになったことである.その一つが 1997 年に発見された「Jarzynski 等式」
であり,系にした仕事 W と Helmholtz 自由エネルギー変化 ΔF との間に
という簡潔な等式が成り立つ.Jarzynski 等式は,その 1 次キュムラントの性質として熱力学第二法
則を,2 次キュムラントの性質として (第一種) 揺動散逸定理を含んでいるという,顕著な性質を
もっている.
また,そのような非平衡等式を包括する「ゆらぎの定理(Fluctuation theorem)」が,理論的
にも実験的にも確立され,その汎用性と有用性が広く認識されるようになってきた.たとえば,
ゆらぎの定理は,微小系における熱力学第二法則の確率的な破れの性質を定量的に明らかにし,
Onsager 相反定理の一般化になっている.Onsager の理論と同様に,ゆらぎの定理は本質的に系
のミクロダイナミックスの時間反転対称性に基づいた式である.したがって,粉体のような散逸
がある多くの系では使えないはずだと考えられる.しかし最近,粉体でもゆらぎの定理が成立す
るという理論的・実験的な報告が複数あり,今後の研究の展開が期待される.
また,フィードバック制御などの情報処理を含むプロセスには,(マクスウェルのデーモンの
パラドックスとして古くから知られているように)熱力学第二法則はそのままの形では適用でき
ず,非平衡等式もそのままの形では適用できない.しかし最近になって,相互情報量などを取り
入れた Jarzynski 等式の拡張が発見されている.また,相互情報量を自由エネルギーに変換する
ようなマクスウェルのデーモンを実現する実験も中央大・東大のグループによってなされており,
活発な研究テーマとなっている.
当研究室では、ゆらぎの定理をはじめとする非平衡等式の拡張と応用や,普遍的に成り立つ新
しい非平衡統計力学の構築をめざして日夜研究している.具体的には,以下のような系を非平衡
統計力学の観点から研究している.
・粉体など散逸系.
・量子散逸系.
・フィードバックなどを含む情報処理システム(マクスウェルのデーモン).