Article: sg-l/1108010
Date: Fri, 05 Aug 2011 10:39:34 +0900
Subject: [sg-l 6607] 第11回素粒子メダル

素粒子論グループの皆様、

素粒子メダル選考委員会委員長の東島清氏より、2011年度第11回素粒子メ
ダル及び素粒子メダル功労賞選考報告書が送られてきましたので、転送致します。

素粒子論委員会 素粒子メダル担当
北野龍一郎
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2011年度第11回素粒子メダル及び素粒子メダル功労賞 選考報告書

 2011年度の素粒子メダル2件2名及び同功労賞1件1名を以下のように選考しまし
たので、ご報告します。

             2011年度素粒子メダル選考委員会
				岡田安弘 川合 光 鈴木久男
				畑 浩之 東島 清* 林 青司
                      			   (* 委員長)
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<2011年度素粒子メダル>
○木下東一郎氏
「量子電気力学の精密検証」
○河本 昇氏
「格子ゲージ理論におけるフェルミ粒子の扱いおよび有効低エネルギー理論の解
析的な考察」

<2011年度素粒子メダル功労賞>
○岩崎洋一氏
「計算素粒子物理学の開拓」

<選考経緯>
 前もって選考手続きを決め、委員からの参考意見を出し合った後に投票を行
い、素粒子メダル2件2名及び素粒子メダル功労賞1件1名を決定した。

<受賞理由>
<素粒子メダル>
○木下東一郎氏
「量子電気力学の精密検証」
1) “Sixth Order Magnetic Moment of the electron”, Predrag Cvitanovic,
Toichiro Kinoshita,Phys.Rev.D10(1974)4007.
2) “Eighth Order Anomalous Magnetic Moment of the electron”, T.
Kinoshita, W.B.Lindquist, Phys.Rev.Lett.47(1981)1573.
3) “Improved alpha**4 term of the electron anomalous magnetic moment”,
Toichiro Kinoshita, M. Nio, Phys.Rev.D73(2006)013003.
4) “Automated calculation scheme for alpha**n contributions of QED to
lepton g-2:Generating renormalized amplitudes for diagrams without
lepton loops”, T. Aoyama, M. Hayakawa,T. Kinoshita,M. Nio,
Nucl.Phys.B740(2006)138-180.   
 
 標準模型のような自発的対称性の破れを伴うゲージ理論が大きな成功を収めた
のは、その繰り込み可能性に依る所が大きいが、繰り込み可能な理論がその真価
を発揮するのは量子効果が有限な値として計算可能な点である。更に対象となる
物理量が精密測定にかかるものであれば、理論の検証にとって非常に望ましい。
 こうした物理量の代表的なものが電子、ミューオン等のレプトンの異常磁気能
率である。木下氏は、異常磁気能率に支配的な寄与を与える量子電気力学による
量子効果を、解析的手法に加えて最先端の計算技術を活用して摂動の非常な高次
のオーダーまで求め、前人未到の領域に分け入る業績を成し遂げている。
 木下氏の業績は、量子電気力学の精密検証を非常な精度で実現することによ
り、微細構造定数の正確な決定、標準模型の弱い相互作用の検証を可能にした。
更には標準模型の予言を確固としたものとすることにより、これを超える様々な
“新しい物理”の理論の検証を可能にした、といった観点からも非常に重要な意味
を持つものである。

○河本 昇氏 
「格子ゲージ理論におけるフェルミ粒子の扱いおよび有効低エネルギー理論の解
析的な考察」
1) “ Toward the phase structure of Euclidean lattice gauge theories
with fermions”, N. Kawamoto, Nucl. Phys. B190 (1981) 617.
2) “Effective Lagrangian and dynamical symmetry breaking in strongly
coupled lattice QCD”, N. Kawamoto and J. Smit, Nucl. Phys.B192(1981)100.

 格子ゲージ理論によってQCDを本格的に解析し、ハドロンを理解しようという
機運がおこったのは1980年頃である。その最大の理由は Creutz により、モ
ンテカルロ計算が思いのほかうまくいくことが示されたことであるが、同時に理
論的な研究が進み、色々な角度から、格子ゲージ理論が正しいものであるという
確信が浸透してきた事も大きい。
 河本氏は、格子上でのカイラルフェルミオン、特に、Susskindフェルミオンに
ついて明快な分析を行い、強結合極限で解析的に解くことによって、カイラル対
称性が自発的に破れ、それに応じて南部-Goldstone ボソンが出現することを具
体的に示した。河本氏の一連の研究は、上述した理論的研究の先駆けともいえる
ものである。河本氏によって得られた結果は、その後の格子ゲージ理論の研究に
大きな影響を与えたのみならず、強結合極限でのカイラル対称性のふるまいを端
的に記述するものとして、現在でも大変有用なものであり、上記論文は格子ゲー
ジ理論における基本的な文献となっている。


<素粒子メダル功労賞>
○岩崎洋一氏
「計算素粒子物理学の開拓」
 
 時空を格子化して場の理論を大型計算機により数値的に解く方法は、過去30
年間QCDの非摂動効果の計算などで大きな成果を挙げ、計算素粒子物理学とも
呼ぶべき分野へと発展を遂げてきた。岩崎洋一氏はこの分野の創成期の1980
年代初頭から格子QCDの研究に携わり、多くの重要な成果を挙げ、日本におけ
るこの分野の牽引役となった。特に、超並列計算機が格子QCDシミュレーション
に対して有する可能性に着目し,計算機科学者と協力して筑波大学でQCDPAX及び
CP-PACSを開発・製作し,これらを用いて格子QCDの優れた成果を挙げた。また、
1992年に筑波大学に設置された計算物理学研究センターは、現在では全国共同利
用施設として素粒子物理学のみならず、日本の計算科学の重要拠点として大きな
役割を果たしている。このように、岩崎氏は我が国の素粒子論研究に新たな方向
を切り開いたパイオニアであり、日本の計算科学を格子QCDの大型シミュレー
ション研究の立場から開拓したことは、素粒子理論コミュニティーに留まらない
大きな功績である。

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