素粒子論グループの皆様 素粒子メダル選考委員会委員長の鈴木博氏より、 2024年度第24回素粒子メダルの選考結果が報告されましたので、転送いたします。 授賞式は秋の学会の素粒子論懇談会において行われます。 よろしくお願いいたします。 素粒子論委員会 素粒子メダル担当 濱田雄太 -------------------------------------------- 素粒子メダル、素粒子メダル功労賞 選考結果報告 選考委員会 鈴木博(委員長)、兼村晋哉(副委員長)、石橋延幸、磯暁、小林達夫、村山斉 「選考経過」 本年度は、素粒子メダルに三件の推薦(うち一件は自薦)がありました。選考の資格が満たされていることを確認したのち、各選考委員が推薦業績の主要論文、関連論文などに目を通し、それぞれの業績について評価コメントを作成いたしました。 それを全員で共有し、オンラインにて意見交換・選考を行いました。最終的に、委員の総意として、応募のうち二件が素粒子メダルにふさわしいとの結論に至りました。詳しい受賞理由については下記をご覧ください。 なお、応募のうち一件については、利益相反にあたる恐れがあると自主的に判断され、選考の議論には参加されなかった委員の方がおられました。 今回の受賞は、比較的中堅の研究者の方々がされており、その点で、素粒子メダル創設時の意図(素粒子メダルホームページの資料「素粒子メダルのあり方に関するこれまでの議論」をご参照ください)に沿ったものとなったことは、選考委員一同嬉しく感じています。 今後も、シニアの研究者の方々のみならず、若手・中堅の研究者の方々の優れた研究業績の推薦・応募を歓迎したいと思います。 〈素粒子メダル〉 ○ 野尻美保子氏・久野純治氏・松本重貴氏 「宇宙暗黒物質の対消滅におけるしきい値共鳴効果の発見」 [受賞理由] J. Hisano, S. Matsumoto, and M. M. Nojiri, Phys. Rev. D 67, 075014 (2003). J. Hisano, S. Matsumoto, and M. M. Nojiri, Phys. Rev. Lett. 92, 031303 (2004). 久野氏・松本氏・野尻氏のこの2本の論文では、ダークマターの対消滅の際、短距離で働く引力があると消滅断面積が非摂動論的に増大され、場合によっては4桁以上も大きくなる効果を理論的に示した。ゾンマーフェルト効果と呼ばれている。言うまでもなく、ダークマターの正体は宇宙と素粒子を跨ぐ現代物理学の最大の問題である。その内WIMPは超対称性理論や余剰次元理論などで予言されるダークマターの候補であり、長らく理論的にも実験的にも最も注目されてきた。特に今後higgsino、winoについては直接探索、間接探索、そして加速器での探索でようやく手が届きかけているところであり、データはゾンマーフェルト効果を無視して解釈することはできない。このためこの研究はますます重要性を深めている局面にある。もちろんダークマターはWIMPであるかどうかはわからないが、今後少なくとも数十年間は実験計画に大きな影響をあたえつづけることは間違いない。WIMPでなくても、宇宙初期のfreeze-outの計算と間接探索の銀河内での消滅については、一般にゾンマーフェルト効果の考慮が必要となる。この研究のインパクトの大きさは650件以上の引用にも顕れている。理論的にも技術的に難しい計算であり、素粒子論メダルにふさわしい業績であると判断した。 ○ 青山龍美氏・仁尾真紀子氏・早川雅司氏 「レプトンの異常磁気モーメントの高精度理論計算」 [受賞理由] T. Aoyama, M. Hayakawa, T. Kinoshita, and M. Nio, Phys. Rev. Lett. 109, 111807 (2012). T. Aoyama, T. Kinoshita, and M. Nio, Phys. Rev. D 97, 036001 (2018). T. Aoyama, T. Kinoshita, and M. Nio, Atoms 7, 28 (2019). このグループの一連の研究では、レプトンの異常磁気能率への量子電磁力学(QED)の5ループレベルの輻射補正の計算を実行している。物理学において最も精密な予言が可能な理論はQEDである、と言われる際に言及される、専門家のみならず物理学に関心を持つ人々に広く知られている研究業績である。また、近年のmuon g-2の精密な観測値が示唆する標準模型を超えた新物理の文脈などで、QEDに基づく精密な理論値の重要性は増しており、このグループの一連の研究は定常的に引用されている。故木下東一郎氏が「量子電気力学の精密検証」で2011年に素粒子メダルを受賞されているが、5ループの計算には早川氏、青山氏らの新たな貢献が必須だったことから、それとは独立な業績とみなすべきと判断した。また、こうした精密計算は長年の地道な努力の割には評価されにくく、こうした研究をencourageするのは重要という意見もあった。この理論計算は従来このグループの独走体制だったこともあり、今後、独立なグループの計算との比較による検証が待たれる。また、QED自体の検証には、微細構造定数の観測値にある相違の解消を待たねばならない。しかしいずれにしろ、技術的な価値が今後も失われることがない世界に先駆けた研究業績であり、素粒子メダルにふさわしいものと判断した。 --------------------------------------------