2016年日本物理学会理論核物理領域:若手奨励賞(第17回核理論新人論文賞) 授賞者(所属は当時のもの) ----- 受賞者名:菊地右馬(理研仁科センター) 題名:6Heのクーロン分解反応における2中性子相関 Two-neutron correlations in 6He in a Coulomb breakup reaction 論文題目:Two-neutron correlations in 6He in a Coulomb breakup reaction 著者: Y. Kikuchi, K. Kato, T. Myo, M. Takashina, and K. Ikeda 発行雑誌:Physical Review C 81, 044308 (2010). 受賞理由: 中性子ハロー核の励起モードとしてソフト双極子励起が実験・理論の両面で注目 されている。本論文では、2中性子ハロー核に特徴的な3体崩壊を記述する理論 模型を構築し、6Heのクーロン分解について詳細な解析を行った。多くの2中性子 ハロー核は、部分2体系に強い相関のある3体弱束縛系という特徴をもち、その 分解反応の理論的記述においては2体および3体の共鳴・連続状態を取り入れる ことが大きな課題となる。菊地氏は複素スケーリング法とLippmann-Schwinger方 程式を組み合わせた方法を用いて、6HeのE1遷移による分解反応の計算を行った。 この手法は、3体散乱の境界条件を満たしながら多体相関を取り込んで終状態を 構成するもので、菊地氏が開発した新しい手法である。3体漸近状態を正しく扱 うことで、3体崩壊の非包括的(exclusive) な実験データと直接比較することを 可能とするとともに、6Heに対する定量的かつ詳細な分析により、クーロン分解反 応におけるnn,α-n相関などを徹底的に解析し、それぞれの寄与を明らかにした。 2中性子ハロー核における3体崩壊反応と2中性子相関についての理論的手法と知 見を大きく前進させた研究として非常に重要な業績であり、高く評価できる。以上 のことから、本論文は日本物理学会若手奨励賞にふさわしい。 受賞者名:関澤一之(ワルシャワ工科大学) 題名: 時間依存密度汎関数法による重イオン多核子移行反応の研究 Heavy-ion multi-nucleon transfer reactions with time-dependent density functional theory 論文題目:Time-dependent Hartree-Fock calculations for multinucleon transfer processes in 40,48Ca+124Sn, 40Ca+208Pb, and 58Ni+208Pb reactions 著者: Kazuyuki Sekizawa, Kazuhiro Yabana 発行雑誌:Phys. Rev. C 88, 014614 (2013) 受賞理由: 低エネルギー重イオン反応を微視的に記述することは、原子核反応論における重要 課題の一つである。なかでも、重イオン多核子移行反応は重い中性子過剰核を生成 する反応として注目され、これまでに様々な研究が行われてきた。本論文では、時 間に依存する密度汎関数理論に基づき、この反応を全核子をあらわに扱って記述す る理論的枠組みと並列計算コードが開発された。反応後のフラグメントに対する粒 子数射影により、移行核子数ごとの核子移行断面積が計算され実験データを再現す ることに成功した。核子移行断面積のように、演算子が必ずしも一体演算子で記述 できない場合、時間依存密度汎関数法が定量的な記述を与える保障はなく、本研究 でそれが明確に示された意義は大きい。また、本論文では衝突係数の減少とともに、 反応機構が荷電平衡過程による核子移行という既知のものから、ネック形成とその 断裂による核子移行へと変化する可能性を提案した。受賞者はその後、フラグメント のエネルギー及び角運動量期待値、フラグメントの統計崩壊、などの計算へ研究を 発展させている。実験データの再現性に関しては、従来の方法による計算と同程度 であるが、時間依存密度汎関数法は将来的に核子間の対相関や基底状態相関を比較的 取り入れやすいという優位性を持つ。本論文の成果は、今後の原子核物理学の発展に つながる重要な業績であり、日本物理学会若手奨励賞にふさわしい。 受賞者名:野村昂亮(GANIL) 題名: 相互作用するボソン模型ハミルトニアンの平均場理論に基く導出法と不安 定核への適用 Mean-field derivation of the interacting Boson model Hamiltonian and exotic nuclei 論文題目:Mean-Field Derivation of the Interacting Boson Model Hamiltonian and Exotic Nuclei 著者: Kosuke Nomura, Noritaka Shimizu, and Takaharu Otsuka 発行雑誌:Physical Review Letters 101, 142501 (2008) 受賞理由: 4重極運動などの低励起集団スペクトルの現象論的模型である相互作用するボソン 模型(IBM)には、模型パラメーターをどのように定めるかという問題が常に付随して おり、信頼できる適用範囲はスペクトルが知られている既知原子核近傍に限られてい た。野村氏は、微視的平均場理論である密度汎関数模型で計算された変形度空間 (β-γ平面)でのポテンシャルエネルギー曲面を再現するようにIBMパラメーターを 決定するという新しいアプローチの提案に決定的な貢献をした。さらに、Sm,Ba,W 同 位体にみられる振動スペクトルから回転スペクトルへの遷移やガンマ不安定スペクトル が記述可能であることを明らかにした。このアプローチは、実験値に頼ることなく理論 のみに基づくことでIBMを広範囲の未知原子核に適用可能とするものであるとともに、 密度汎関数理論から集団励起スペクトルを導く全く新しい手法を与えた点で画期的な 進展である。野村氏はその後、非軸対称変形の記述の深化や8重極変形核への適用拡 大などを通して、この手法を自ら大きく発展させており、実用性の面でも将来の実験 研究への大きな貢献が期待される。このように、本論文は、微視的理論計算に基礎を おく有効理論としてIBMを再構築した一連の研究の基盤を与えた非常に重要な業績であ り、高く評価できる。以上のことから、本論文は日本物理学会若手奨励賞にふさわしい。 ----- 受賞者の方々には、2016年3月の学会年会において若手奨励賞受賞記念講演を 行なっていただく予定です。 (核理論委員長 保坂淳、担当幹事 萩野浩一)
核理論委員会(2015年10月14日、ml-np:08583)