2018年日本物理学会理論核物理領域:若手奨励賞(第19回核理論新人論文賞)受賞者
(所属は当時のもの)
受賞者名:谷村 雄介(東北大学大学院理学研究科物理学専攻)
題名:初期揺らぎを確率的に取り入れた時間依存平均場理論による自発核分裂過程の記述
Description
of spontaneous fission processes by time-dependent mean field theory with
stochastic incorporation of initial fluctuations
論文題目:Microscopic
Phase-Space Exploration Modeling of 258Fm Spontaneous Fission
著者: Y. Tanimura, D. Lacroix, and S. Ayik
発行雑誌:Phys.
Rev. Lett. 118, 152501 (2017)
受賞理由:
核子の自由度から出発して核分裂過程のような大振幅集団運動を微視的に記述することは、量子多体系の研究において挑戦的課題の一つである。計算機能力が飛躍的に発展したことで、時間依存平均場理論を用い、全核子の自由度を陽に扱った研究が進展しつつある。
自発核分裂過程の重要な観測量に、分裂片の運動エネルギーの分布や質量数の分布がある。しかし、時間依存平均場理論は与えられた初期条件に対して決定論的にただ一つの結果しかもたらさないため、そのままでは分布の平均のみしか記述することができない。本研究ではその解決策として、初期揺らぎを確率的に取り入れた時間依存平均場理論が提案されている。この方法では、核分裂障壁を越えた変形状態を計算の出発点とし、量子的及び熱的揺らぎを確率的に導入する事で、初期配位のアンサンブルを生成する。そしてその後の核分裂過程を、超流動性を取り入れた時間依存平均場計算により記述することで、終状態のアンサンブルが求められる。この方法で258Fmの自発核分裂過程が調べられ、核分裂片の運動エネルギー分布を見事に再現できることが示されている。
本研究は、核分裂分裂片の主要な観測量を微視的理論によって記述することに初めて成功しており、自発核分裂過程の微視的理解への礎を築いたものであると、極めて高く評価できる。また、初期配位の生成方法の改良や、他の観測量への応用など、今後様々な発展も期待できる。谷村氏はこの研究において、確率的に初期配位を用意することを含め、必要となる計算コードの開発を行った。さらに、258Fmに対する数値計算を遂行し、結果を解析するなど、共同研究において中心的役割を果たしている。以上の事から、谷村氏の業績は高く評価でき、日本物理学会若手奨励賞に相応しい内容と判断される。
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受賞者名:角田 直文(東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センター)
題名:現実的核力に基づく多殻空間有効相互作用の構築と中性子過剰核への適用
Multi-shell
effective interactions based on realistic nuclear forces and application to
neutron-rich nuclei
論文題目:Multi-shell
effective interactions
著者: N. Tsunoda, K. Takayanagi, M. Hjorth-Jensen, and T. Otsuka
発行雑誌:Phys.
Rev. C89, 024313 (2014)
論文題目:Exotic
neutron-rich medium-mass nuclei with realistic nuclear forces
著者: N. Tsunoda, T. Otsuka, N. Shimizu, M. Hjorth-Jensen,
K.
Takayanagi, and
T. Suzuki
発行雑誌:Phys.
Rev. C95, 021304 (2017)
受賞理由:
不安定原子核の物理が進展する中で、核力に基づいた有効相互作用の導出は原子核物理学における大きな課題の1つである。本研究では、従来の方法がもつ構造的な発散問題を回避できる方法を多体摂動論に適用可能な形に発展させて、実際の殻模型配位空間に実装する新しい方法を構築した。この手法を用いて、核力に基づいた有効相互作用を求め、Ne,Mg,Si同位体におけるN=20魔法数の問題に適用し、実際の大次元殻模型計算において、この手法の妥当性と有効性を実証した。広い殻模型配位空間の有効相互作用を核力から導出する方法論を確立することは長年の大きな課題であり、従来の手法にあった困難を解決して実際の殻模型計算に適用可能な方法を完成させたことは理論的に画期的な進展である。それと同時に、より予言力のある核構造計算を進展させる上でも大きな貢献として高く評価でき、世界的にもインパクトを与える成果である。N=20魔法数に関する多様な現象における解析は、この手法で開発した有効相互作用の有効性を検証しつつ、魔法数の破れについて新しい知見を与えるなど、核構造研究の新たな進展に繋がると期待される。殻模型有効相互作用を第一原理的に導出する方法論を構築した本研究において角田氏は中心的役割を果たし、その成果は重要な意義をもつ。手法の構築および有効性と発展性を示した一連の研究における氏の業績は高く評価でき、日本物理学会若手奨励賞に相応しい内容と判断する。
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受賞者名:富樫 甫(理化学研究所仁科加速器研究センター)
題名:現実的核力に基づく超新星物質状態方程式の構築
Nuclear
equation of state for core-collapse supernova simulations with realistic
nuclear forces
論文題目:Nuclear
equation of state for core-collapse supernova simulations with realistic
nuclear forces
著者: H. Togashi, K. Nakazato, Y. Takehara, S. Yamamuro, H. Suzuki,
and M. Takano
発行雑誌:Nucl. Phys. A961, 78 (2017)
受賞理由:
本研究では、受賞者らが開発してきたクラスター変分法を用いて、現実的核力に基づく状態方程式を構築した。この状態方程式は、低密度で現れる非一様物質の効果も取り入れており、様々な密度、陽子混在度、温度で適用可能であるとともに、超新星爆発計算にも用いることができる。得られた状態方程式は、近年の研究により明らかになってきた対称エネルギー(純中性子物質と対称核物質のエネルギー差)及びその密度微分の値とコンシステントなものを与え、Thomas-Fermi近似により広い質量数範囲において原子核質量の平均的振る舞いを説明することが可能である。また、標準的な質量(太陽質量の1.4倍)の中性子星半径を説明し、近年発見された太陽質量の2倍程度の重い中性子星を支えることができる。非一様物質の性質は低密度領域での対称エネルギーに敏感であり、有効核力を用いたこれまでの標準的な超新星物質状態方程式(Shen
EOS)と比較して、大きな原子核がやや高い密度まで残ることも示唆された。
本研究において、既知の原子核と中性子星の性質を正しく説明する第一原理的状態方程式が、現実的核力から出発して得られたことは画期的な成果である。また、第一原理的な計算により状態方程式を得る枠組みが完成したことは、現実的な2体核力・3体核力を決定する際に、核子散乱・少数系に加えて状態方程式も利用可能となったことを意味する。今後、ハイペロンを含んだ中性子星の計算や超新星爆発などの爆発的コンパクト天体現象の計算に広く利用されると期待できるとともに、状態方程式を通じて2体核力・3体核力を判別する可能性を拓いたと言える。日本物理学会若手奨励賞に相応しい内容と判断する。
受賞者の方々には、2018年3月の学会年会において若手奨励賞受賞記念講演を
行なっていただく予定です。
(核理論委員長 浅川正之、担当幹事 福嶋健二)
核理論委員会(2017年10月19日)