2014年日本物理学会理論核物理領域:若手奨励賞(第15回核理論新人論文賞) 授賞者(所属は当時のもの) ----- 受賞者名:永田桂太郎(高エネルギー加速器研究機構理論センター) 題名: 格子QCDにおけるウィルソンフェルミオン行列式の研究 Wilson Fermion Determinant in Lattice QCD 論文題目:Wilson Fermion Determinant in Lattice QCD 著者: Keitaro Nagata and Atsushi Nakamura 発行雑誌: Physical Review D82 (2010) 094027 受賞理由: 本論文においては、化学ポテンシャルを持った格子量子色力学(格子QCD)における縮約行 列公式が解析的に導出された。格子QCDではフェルミオン行列式が経路積分の測度として 現れるが、有限バリオン密度の格子QCD計算ではこのフェルミオン行列式を正確に評価す る必要があり、フェルミオン行列のランクの低減が重要な課題となっている。特に、ウィ ルソンフェルミオン作用に対する縮約公式の必要性は以前から知られていたが、ウィル ソン項に起因する数学的な困難のため簡便な公式がなかった。本論文では、交換行列と呼 ばれる行列を巧妙に用いることで、フェルミオン行列のランクを1/Nt (Ntは格子の時間方 向のサイズ)に低減する厳密な縮約公式が導かれた。この公式は有限サイズ格子上のグラ ンドカノニカル分配関数に対するフガシティー展開を与えるので、そこからカノニカル分 配関数や、Lee-Yangゼロ分布などの解析が可能となる。有限バリオン密度におけるQCDは、 重イオン衝突実験や中性子星の物理と関係した重要な課題であり、その格子QCD計算におけ る有用で厳密な公式を導出した意義は高い。以上のことから、本論文は日本物理学会若手 奨励賞にふさわしい。 受賞者名:古本猛憲(一関工業高等専門学校) 題名: 高エネルギー重イオン反応における光学ポテンシャルの斥力性に関する研究 Repulsive nature of optical potentials for high-energy heavy-ion scattering 論文題目:Repulsive nature of optical potentials for high-energy heavy-ion scattering 著者: T. Furumoto, Y. Sakuragi, and Y. Yamamoto 発行雑誌: Physical Review C82 (2010) 044612 受賞理由: 現実的核力に基づいて非経験的に原子核反応を記述することは、原子核物理学におけ る重要課題の一つである。受賞者は共同研究者とともに、そのようなアプローチの一 つである微視的反応模型の構築をこれまで精力的に行ってきた。これは、現実的核力 から核物質中の有効核力であるG行列を求め、それを散乱核の密度で平均をとることに よって核間ポテンシャル(光学ポテンシャル)を構築するアプローチである。この模 型は核子あたり 70-135 MeV程度の入射エネルギーにおけるいくつかの軽い原子核の弾 性散乱の既存の実験データをよく再現することが確かめられた。この模型では、入射エ ネルギーの増加に伴い、光学ポテンシャルの実部が引力的な振る舞いから斥力的な振る 舞いに変わることが予言されている。本論文では、その移り変わりのエネルギー近傍で 弾性散乱の角度分布に強い回折パターンが現れることを示した。また、この強い回折パ ターンは半古典近似的な散乱軌道の farside 成分と nearside 成分の強い干渉によって 引き起こされることが明確に示された。理論および観測データから決定される光学ポテン シャルの不確定性についても詳細に考察されており、将来の実験に対して強い動機づけ を与えるものである。微視的反応模型は中性子過剰核のような実験データがまだ存在しな い系に対しても観測量を計算するよい指針を与える模型であり、受賞者の研究により 模型の有効性が確かめられたことやユニークな予言がなされたことの意義は大きい。 これは今後の原子核物理学の発展につながる重要な業績であり、本論文は日本物理学会 若手奨励賞にふさわしい。 受賞者名: 湊 太志 (日本原子力研究開発機構) 題名: 不安定魔法数核からのベータ崩壊におけるテンソル力の重要性の解明 Importance of tensor force in β decay of unstable magic nuclei 論文題目:Impact of Tensor Force on β Decay of Magic and Semimagic Nuclei 著者: F. Minato and C.L. Bai 発行雑誌: Physical Review Letters 110 (2013) 122501/1-5 受賞理由: ベータ崩壊は古くから知られた物理現象であり、多くの研究がなされてきたが、謎も残 っている。その一つが、中性子過剰な魔法数核、準魔法数核のガモフテラー型ベータ崩壊 の半減期であり、理論計算によるその再現は難しかった。この論文では、従来より行われ てきた標準的な手法である平均場+乱雑位相近似法による計算を行いつつも、テンソル力 の効果を取り入れることによってこの困難は取り除かれ、観測されている半減期が再現さ れることを世界で初めて示した。テンソル力は、殻進化(shell evolution)を通じて、不安 定核(エキゾチック核)の核構造に決定的な影響を与えることが近年分かってきた。本論 文では、ガモフテラー・ベータ崩壊においてもテンソル力が重要な役割を果たすことを初め て指摘し、宇宙天体中での元素合成や核廃棄物の崩壊熱予測など、不安定核のベータ崩壊 に関わる今後の研究にも大きなインパクトを与えるものである。このように、独創的な着 眼点により、原子核物理学に新しい展望を拓く研究であり、日本物理学会若手奨励賞にま ことにふさわしいものと認める。 ----- 受賞者の方々には、2014年3月の学会年会において若手奨励賞受賞記念講演を 行なっていただく予定です。 (核理論委員長 松尾正之、担当幹事 萩野浩一)
核理論委員会(2013年10月19日、ml-np:07324)