2015年日本物理学会理論核物理領域:若手奨励賞(第16回核理論新人論文賞) 授賞者(所属は当時のもの)

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受賞者名:赤松幸尚 (名古屋大学 素粒子宇宙起源研究機構)
題名:有限温度媒質中における重いクォーコニウムに対する量子開放系理論
      Theory of Open Quantum System for Heavy Quarkonia in Thermal Medium 

論文題目:Stochastic Potential and Quantum Decoherence of Heavy Quarkonium in the Quark-Gluon Plasma
著者:  Y. Akamatsu, A. Rothkopf
発行雑誌:Phys.Rev. D85 (2012) 105011

受賞理由:
チャーモニュウムやボトモニュウムなどの重クォーク束縛状態は、相対論的重イオン
衝突実験で生成されるクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)の物性を探るプ
ローブとして重要な役割を果たしている。しかしながら、媒質中での重クォーク 束縛状態の
時間発展は、これまで半現象論的な取り扱いに留まり、その基礎となる明確な定式化
がなかった。本論文では、重クォーク束縛状態を量子開放系における'システム'、
QGPを'環境'と同定し、量子開放系の観点からこの問題が定式化されている。
特に、有限温度におけるクォーク間ポテンシャルに熱揺らぎの効果を取り入れた
「確率的ポテンシャル」を導入し、格子量子色力学で計算されるポテンシャルとの
関係を示した上で、重クォーク束縛状態の時間発展を記述するマスター方程式を
導出している。さらに、空間1次元の模式的計算により、重クォーク束縛状態が
QGP中のプラズマ粒子と散乱して量子力学的デコヒーレンスを受ける事を具体的に
示している。赤松幸尚氏は、この研究において中心的役割を果たしただけでなく、
最近では、重クォークに特徴的なスケール分離と影響汎関数法に基づいた定式化
など、より現実的な方向へ研究を発展させている。本論文で端緒が開かれた理論は、
媒質中の重いクォーコニュウムを量子開放系の問題として一般的にとらえ、これ
までの半現象論的な取扱いの意味と限界を明らかにした業績として高く評価できる。
以上のことから、本論文は日本物理学会若手奨励賞にふさわしい。


受賞者名:江幡修一郎(北海道大学 知識メディアラボラトリー)
題名:正準基底時間依存ハートレー・フォック・ボゴリューボフ理論の開発
     Developments of Canonical-basis Time-dependent Hartree-Fock-Bogoliubov Theory

論文題目:Canonical-basis Time-dependent Hartree-Fock-Bogoliubov Theory and Linear Response Calculations
著者:S. Ebata, T. Nakatsukasa, T. Inakura, K. Yoshida, Y. Hashimoto, K. Yabana
発行雑誌:Phys. Rev. C82 (2010) 034306

受賞理由:
Time-dependent Hartree-Fock-Bogoliubov (TDHFB)理論は、対凝縮による超流動性
と平均場ダイナミクスを一貫して取り扱う理論として良く知られているが、原子
核物理において現実的な問題に適用した例はこれまで皆無に近かった。その主な 原因は、
複雑な粒子・空孔相関と粒子・粒子相関を同時かつ自己無撞着に扱うため、莫大な
算量を必要とする点にある。本論文では、正準基底を用いてTDHFB方程式を
書き換え、対ポテンシャルに対角近似を導入することで、簡便な理論形式を構築し、
かつ計算量を劇的に減少させることに成功している。また、この正準基底表示の
TDHFB理論が、TDHFBの小振幅極限である準粒子乱雑位相近似と線形応答領域
において同じ結果を与えることが示されるとともに、対称性の自発的破れによる
ゼロ・モードの出現等を精査するなど、提案された理論形式の合理性や有用性が
実証されている。江幡修一郎氏はこの研究において中心的な役割を果たしただけ
でなく、最近の論文では、原子核応答関数の系統的大規模計算、不安定核の
低励起モードの分析、核融合反応への応用等へとこの研究を発展させている。
本論文で開発された理論形式は、核ダイナミクスの新たな計算手法として国際的にも
注目を集めている業績であり高く評価できる。以上のことから、本論文は
日本物理学会若手奨励賞にふさわしい。


受賞者名:佐藤大輔 (ECT*)
題名:高温における新たな摂動理論の展開と超ソフトなフェルミオン的集団励起 の解明
      Development of Novel Perturbation Theory and Establishment of Ultrasoft 
      Fermionic Modes at High Temperature

文題目:Ultrasoft Fermionic Modes at High Temperature
著者:  Y. Hidaka, D. Satow, T. Kunihiro
発行雑誌:Nuclear Physics A876 (2012) 93

受賞理由:
クォーク質量が無視できるような超高温(T)のクォーク・グルーオン・プラズマに
おいては、漸近自由性のために結合定数gが小さくなる。その結果、T、gT、g^2 T、
などのエネルギースケールが有意な階層性を持つので、各階層に応じた摂動法を
開発することが肝要となる。ソフト領域と呼ばれるgTのエネルギー領域においては、
1990年代に「硬熱ループ(HTL)摂動理論」が展開され、ボソン的な素励起である
プラズモンの他にプラズミーノと呼ばれるフェルミオン的集団励起の存在が明らか
になった。一方、g^2 T程度の超ソフトなエネルギー領域に対してはHTL摂動理論が
適用できず、この領域におけるフェルミオン的集団励起の存在やその性質は
未解明であった。本論文において佐藤大輔氏らは、湯川模型および量子電磁力学を
例にとり、超ソフト領域に適用可能な新たな摂動理論を展開した。さらに、そこで
得られた自己無撞着方程式を解くことで、超ソフト領域において新奇なフェルミ
オン的集団励起が存在する事を示し、その分散関係、崩壊幅、および強度の表式 を与えた。
その後、佐藤氏は、この摂動理論の運動論的方程式に基づく基礎付けを日高義将氏
との共著論文で行うとともに、クォーク・グルーオン・プラズマを記述する量子
色力学への適用を単著論文で行い、有限温度における超ソフトフェルミオン的集 団励起の
存在を確立した。さらに、最近では有限化学ポテンシャルの場合への拡張も行っ
ている。これらの成果は、HTL摂動理論以後の有限温度の場の理論における優れ た業績として
高く評価できる。以上のことから、本論文は日本物理学会若手奨励賞にふさわしい。

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受賞者の方々には、2014年3月の学会年会において若手奨励賞受賞記念講演を
行なっていただく予定です。

(核理論委員長 熊野俊三、担当幹事 初田哲男)


核理論委員会(2014年10月14日、ml-np:07953)