2019年日本物理学会理論核物理領域:若手奨励賞(第20回核理論新人論文賞)授賞者(所属は当時のもの)
受賞者名:橘保貴(Department of Physics and Astronomy, Wayne State University) 題名:流体の応答によるクォーク・グルーオン・プラズマ中のジェットの広がり Broadening of full jet in quark-gluon plasma with hydrodynamic medium response 論文題目:Full jet in quark-gluon plasma with hydrodynamic medium response 著者: Yasuki Tachibana, Ning-Bo Chang, Guang-You Qin 発行雑誌:Phys. Rev. C 95, 044909 (2017). 受賞理由: ジェットのエネルギー損失はクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)生成の指標の一つであり、先行研究 によりジェット中のパートンはグルーオンの放出や流体との相互作用によってエネルギーを失うことが 知られている。最近、LHCにおいてジェットの広がりを示唆するデータが得られ、失われたエネルギーの 行方まで含んだ詳細なシミュレーションが注目度を増している。 橘氏らはジェットのエネルギー・運動量損失を流体のソース項として取り入れて、ジェットと流体の 時間発展を首尾一貫して解く新たな模型を構築し、これを用いて初期の高運動量パートンから生み出さ れるジェットの全体像を議論した。その結果、ジェットが失ったエネルギーはQGP流体中にマッハコーン と呼ばれる衝撃波を形成し、ジェットの中心から大きな角度まで輸送されることが明らかになった。 この効果により、本論文では、LHC実験で観測されたジェットの広がりを定量的に説明することに成功し た。特に2つのジェットを同時観測した事象(dijet events)におけるコーン角の広がりを説明できる シミュレーション結果を初めて得たことは特筆すべき成果といえる。さらに本論文の模型では、エネ ルギーの低い側のジェットは流体中をより長い距離だけ通過してきたと推定され、そのためより大きく 広がっていることも自然に説明できる。 本論文は、QGP中でのジェット現象の解明という国際的に注目度の高い主要テーマに対して、重要な 貢献を果たすものである。ジェットや流体の研究はこれまでもなされてきたが、本研究は、高エネルギー 原子核衝突のより包括的な理論的記述を質的に高めたものであり評価できる。また、本研究は、橘氏が 開発してきた模型を基に国際共同研究へと発展させたものであり、共同研究において橘氏が中心的な 役割を果たしていることは明らかである。以上のことから、本論文は日本物理学会若手奨励賞に相応 しい。
受賞者名:本郷優(理化学研究所数理創造(iTHEMS)プログラム) 題名:局所ギブスアンサンブルに基く場の量子論による相対論的流体力学の定式化 Relativistic hydrodynamics from quantum field theory in the local Gibbs ensemble 論文題目:Relativistic hydrodynamics from quantum field theory on the basis of the generalized Gibbs ensemble method 著者: Tomoya Hayata, Yoshimasa Hidaka, Toshifumi Noumi, Masaru Hongo 発行雑誌:Physical Review D92, 065008 (2015). 受賞理由: 流体力学は様々な物理現象の記述に幅広く応用される一般的な枠組みだが、高エネルギー原子核反応に 適用するためには相対論的な定式化が必須である。特に散逸項を含む相対論的流体方程式はこれまで 輸送方程式や現象論に基いて議論されてきたが、本来、場の量子論から系統的に導出されるべきもの である。 本論文では、佐々(2014)によって議論された局所ギブスアンサンブルに基づく非相対論的古典力学に おける流体方程式の導出法を、相対論的な場の量子論へと拡張した。局所平衡系を虚時間形式の場の 量子論で記述するために非自明な計量を導入するなど、単純な一般化にとどまらず技術的に高度な 拡張となっており、相対論的流体力学の場の量子論による基礎付けとしての本論文の意義は大きい。 本論文では局所ギブス分布初期条件から出発し、局所平衡からのずれを時空の微分展開で系統的に 求め、散逸項を含む1次の相対論的流体方程式を書き下し、それと同時に輸送係数を久保公式の形で 表すことに成功している。相対論的な枠組みでは流速の定義にフレーム依存性があることが知られて おり、本研究の結果は、よく知られたランダウ・リフシッツフレームおよびエッカルトフレームを 特別な場合として包含した、より一般性のあるものとなっている。また、準粒子近似を仮定した 輸送方程式を用いた従来の研究と比較して、本研究は強相関系にも適用できる、より強力な結果を 与えており、応用面でも今後の展開が期待される。 本論文で得られた成果は高エネルギー原子核反応への応用に限らず、理論物理学全般にわたる重要な 進展であり極めて高く評価される。共同研究において、本郷氏は、動機付けから解析計算に至るまで 中心的な役割を果たしたと判断される。以上のことから、本論文は日本物理学会若手奨励賞に相応しい。
受賞者の方々には、2019年3月の学会年会において若手奨励賞受賞記念講演を行なっていただく予定です。 (核理論委員長 延與佳子、担当幹事 肥山詠美子)
核理論委員会(2018年10月19日)