2021年日本物理学会理論核物理領域:若手奨励賞(第22回核理論新人論文賞)受賞者(所属は当時のもの)


受賞者名:広野 雄士(APCTP) 題名:ギャップレス超流動体に対するゲージ理論におけるトポロジカル秩序とその発現条件 Topological order in gauge theories of gapless superfluidity and its appearance condition 論文題目:Effective gauge theories of superfluidity with topological order 著者: Yuji Hirono (対象者) and Yuya Tanizaki 発行雑誌:Journal of High Energy Physics 2019, 62 (2019). 授賞理由: 物質の相の分類は物理学における最も基本的な課題の一つである。従来は対称性 の破れのパターンにより分類されてきたが、近年トポロジカル秩序により分類さ れる量子相が注目されている。特にCFL相のようにギャップが閉じている系での トポロジカル秩序は未開拓の領域が多く、その解明が重要な課題となっている。 広野氏はギャップが閉じた超流動状態におけるトポロジカル秩序の可能性を議論 し、これらの混在条件を導出した。超流動体の有効ゲージ理論ではゲージ場が質 量ゼロの南部・ゴールドストーン(NG)ボソンと結合し、その結合定数が非正方な 整数値行列(K行列)で与えられる。離散対称性と高次対称性が現れる低エネル ギー理論において自由度(NGボソン・渦・準粒子)の結合を有効理論に取り入れ、 トポロジカル秩序の発現条件がK行列を用いて表されることが示された。この条 件を用いることで、高密度QCD物質におけるクォークの超流動状態(CFL相)がトポ ロジカル秩序を持たず、Wilczekらが提案したハドロン・クォーク連続性が量子 相を考慮しても成り立つことを明らかにした。一方でこの条件を用いて超流動性 とトポロジカル秩序が共存する具体的な例も見出された。この研究は先行研究で 行ったCFL相でのトポロジカル秩序の議論を広野氏が中心となって一般化し発展 させたものである。また後の研究では共同研究者とともに銅酸化物高温超伝導体 におけるトポロジカル秩序の議論に応用するなど、この成果の汎用性も示してい る。 このように広野氏は受賞対象論文で超流動体におけるトポロジカル秩序を一般的 な枠組みで議論し、その発現条件を発見した。日本物理学会若手奨励賞にふさわ しい大きな成果といえる。
受賞者名:森 勇登(京都大学) 題名:経路最適化法を用いた符号問題への取り組み Toward solving the sign problem with the path optimization method 論文題目:Toward solving the sign problem with path optimization method 著者: Yuto Mori (対象者), Kouji Kashiwa and Akira Ohnishi 発行雑誌:Physical Review D 96, no.11, 111501 (2017). 論文題目:Application of a neural network to the sign problem via the path optimization method 著者: Yuto Mori (対象者), Kouji Kashiwa and Akira Ohnishi 発行雑誌:Progress of Theoretical and Experimental Physics 2018, no.2, 023B04 (2018). 論文題目:Path optimization in 0+1D QCD at finite density 著者: Yuto Mori (対象者), Kouji Kashiwa and Akira Ohnishi 発行雑誌:Progress of Theoretical and Experimental Physics 2019, no.11, 113B01 (2019). 授賞理由: 有限密度QCDの第一原理計算などに現れる符号問題は被積分関数の振動が起源で あり、モンテカルロ法による数値積分の精度を著しく損なう。ここ10年くらい勾 配流を用いて変形した積分経路を用いるレフシッツ・シンブル法の解析が多く行 われてきたものの、いくつかの問題点が指摘されていた。 森氏らはこの問題を解決すべく「経路最適化法」を新たに提案した。この方法で は、符号問題の深刻さを定量化する目的関数を定義し、それを最小化するように 積分経路を最適化するものである。符号問題の回避を最適化問題に置き換えた画 期的な方法である。第1論文では、アイデアの提案に加え、符号問題を含む1次元 積分に対し、経路最適化法を用いたモンテカルロ積分が解析解を再現することを 確かめた。場の量子論への応用を考えた場合、超多自由度系の積分経路を表現す る試行関数の探索が問題となる。第2論文では、経路探索にニューラルネット ワークを利用することを提案し、2次元複素スカラー場の有限密度系に適用し、 符号問題を緩和できることを確かめた。第3論文では、(0+1)次元有限密度QCDに 経路最適化法を初めて適用し、非可換ゲージ理論での経路最適化法の有効性を調 べた。化学ポテンシャルが大きい領域でも、符号問題を回避できることが確かめ られ、カイラル凝縮に相当する量やクォーク数密度、ポリヤコフループの期待値 が計算でき、それらは厳密解を再現した。 経路最適化法は、符号問題という重要かつ喫緊の問題に対する独創的な手法であ り、上記の一連の論文で森氏は主要な寄与をしてきた。特に、符号問題を数値計 算では馴染みのある最適化問題として定式化し直し、いくつかの既存の問題点を 解決しつつ、その有用性を示したことは多いに評価できる。また経路最適化法は、 コーシーの積分定理に基づく積分経路の変形に対する指針を与えるため、今後、 様々な方面での発展につながりうる波及効果の高い提案である。 以上のことから、本論文は日本物理学会若手奨励賞に相応しいと判断する。
受賞者名:山口 康宏(日本原子力研究開発機構) 題名:ハドロン動力学によるPcペンタクォークの質量スペクトル The mass spectrum of Pc pentaquarks in hadron dynamics 論文題目:Pc pentaquarks with chiral tensor and quark dynamics 著者: Yasuhiro Yamaguchi (対象者), Hugo Garcia-Tecocoatzi, Alessandro Giachino, Atsushi Hosaka, Elena Santopinto, Sachiko Takeuchi, and Makoto Takizawa 発行雑誌:Physical Review D 101, 091502(R) (2020). 授賞理由: 近年、KEKをはじめ世界各国の大型加速器施設で、クォーク・反クォーク対を構 成要素に含むエキゾチックハドロンの候補が多数発見され、興味が持たれている。 特に、ハドロン崩壊のしきい値付近のエキゾチックハドロンは、ハドロンで構成 される状態(ハドロン複合状態)と考えられ、その構造の解明が切望されている。 本論文では、LHCb実験で観測されたcクォーク・反cクォーク対を含むペンタク ォーク状態Pcについて、チャームメソンとチャームバリオンからなるハドロン複 合状態に対するチャンネル結合法を用いて、共鳴エネルギーと幅の計算を行った。 モデル構築において、重いクォークのスピン対称性に基づき結合チャンネルが導 入され、ハドロン複合状態間のチャンネル結合は、カイラル対称性に基づくπ中 間子交換に加え、コンパクトな5クォーク状態を経由する短距離力が導入されて いる点が特徴的である。本論文は、新たな実験解析で見つかった Pc(4312), Pc (4440), Pc(4457) の質量と幅の観測値を説明することに成功し、これらの状態 のスピン・パリティを予言した。コンパクトな5クォーク状態に起因する短距離 の引力がこれらの状態の質量順を決め、共鳴状態の幅の再現にはπ中間子交換に よるテンソル力が重要な役割を担うことを指摘した。 これらのPc状態については、山口氏等による重いクォーク・反クォーク対を含む ハドロン複合状態の包括的な先行研究において、LHCの解析結果が発表される前 に質量スペクトルの予言を行っており、本論文は、最新の実験結果に焦点を絞っ て得られた結果と物理的意義を明確に示した質の高い論文になっている。一連の 研究において、山口氏は中心的な役割を果たしている。これらの研究で、Pc状態 に対する5クォーク状態との結合に起因する短距離力の寄与、および、テンソル 力の役割を明らかにした点は、既存の理論研究にない独創的かつ重要な結果であ り、エキゾチックハドロンの解明に大きな貢献を与える成果として高く評価でき る。以上のことから、本論文は日本物理学会若手奨励賞に相応しいと判断する。
受賞者の方には、2021年3月の学会年会において若手奨励賞受賞記念講演を行なっていただく予定です。 (核理論委員長 肥山 詠美子、担当幹事 緒方 一介)
核理論委員会(2020年10月14日)