Date: Tue, 15 Jan 2013 10:06:25 +0900
Subject: [sg-l 7663] 素粒子メダル奨励賞結果

素粒子論グループの皆様、

素粒子メダル奨励賞選考委員会より、
2012年度(第7回)素粒子メダル奨励賞の選考結果報告書を
いただきましたので以下にご報告いたします。

素粒子論委員会
委員長 前川 展祐

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第7回(2012年度)素粒子メダル奨励賞選考結果報告書:

第7回素粒子メダル奨励賞は2件、2名の方に授与されることになりましたので、
報告いたします。


受賞論文:

Toric Calabi-Yau four-folds dual to Chern-Simons-matter theories,
JHEP12,045(2008)
著者:山崎雅人、植田一石、自薦

Measuring Higgs CP and couplings with hadronic event shapes,
JHEP 1206 (2012)108
著者:竹内道久、Cristoph Englert、Michael Spannowsky、自薦


受賞対象者:山崎雅人(プリンストン大学博士研究員)
      竹内道久(ハイデルベルク大学博士研究員)



「総評」

今回は皆様のご努力のおかげで自薦13、他薦2、計15件と多数応募が有りま
した。選考委員会では、応募論文を二段階に分けて複数名による査読を行
いました。その後委員が集まって、査読レポートをふまえ議論を行い、
今回の受賞者を全員一致で決定しました。

賞に選ばれた論文のみならず、慎重な選考の議論の末に惜しくも選に漏れた
中にも優れた論文が有りました事も付け加えておきます。


選考委員長:河本昇
選考委員:風間洋一、菅本晶夫、杉本茂樹、野尻美保子、萩原薫、



対象論文:

"Toric Calabi-Yau four-folds dual to Chern-Simons-matter theories."
Kazushi Ueda and Masahito Yamazaki
JHEP 0812 (2008) 045, [arXiv:0808.3768]

受賞理由:

2008年に Aharony らによって提唱された ABJM 理論は 3次元の N=6 超共形
対称性を持つ Chern-Simons (CS)-matter 理論で、これは M 理論において
C4/Z_k という orbifold に M2ブレインを配置したときに得られる理論
であると考えられている。AdS/CFT 対応によれば、この理論は
AdS_4 x S7/Z_k における M 理論と等価であると予想され、新しいタイプ
の AdS/CFT 対応を与えることや、M 理論の定義に関する新たな知見が
得られる期待などから、大きな注目を集めた。
対象論文は、上記の ABJM 理論における C4/Z_k を toric Calabi-Yau (CY)
4-fold に置き換えた場合に関する研究である。この場合には、M2ブレイン上
の理論として、3次元 N=2 超共形 CS-matter 理論が得られることが知られ
ている。このような場合の理論の構造はそれまでにもいくつかグループ
によってある程度調べられていたが、ゲージ理論と CY 4-fold との間
の対応関係はまだ完全には理解されていなかった。
山崎氏は数学者の植田氏(非会員)と共に、ゲージ群が U(N) の直積で与え
られるクイバー型の N=2 超共形 CS-matter 理論が与えられた時に、それが
どのような CY 4-fold に M2ブレインを置いた状況に対応するのかを決定する
一般的な処方箋を与えた。対応する CY 4-fold が分かれば、AdS/CFT 対応に
よって M 理論側の記述も得られるので、この研究によって、非常に広い
クラスのゲージ理論に対して AdS/CFT 対応が議論できるようになる。
その後、この論文は大変有用な論文として多くの研究者によって用いられ、
この分野の発展に大きく寄与した。このように対象論文は、ABJM 理論の拡張
に関する一つの重要なステップを与えた優れた論文であり、素粒子メダル
奨励賞に相応しいものである。
なお、この論文の主要な結果の一部はほぼ同時期に今村氏と木村氏の論文
においても議論されていることを付記する。




対象論文:

Measuring Higgs CP and couplings with hadronic event shapes.
Christoph Englert, Michael Spannowsky, Michihisa Takeuchi JHEP 1206 (2012)
108 [arXiv:1203.5788]

受賞理由:

2012年7月に欧州原子核研究機構CERNでヒッグスボソンと思し
き新粒子の発見が報告されたことで、素粒子物理学はその起源を探る新
しい段階に突入した。未だそれ以外の新粒子が発見されていない現状で
は、最も重要な手掛かりは、このヒッグスボソンと目される126GeVの質
量をもつ粒子の様々な特性を、逐次定めて行く作業によって得られると
期待される。特に、その粒子のスピンとCPパリティーの決定は、この
新粒子を電弱ゲージ対称性の自発的破れに関わるヒッグスボソンと同定
するための喫緊の課題である。本論文で竹内道久氏は、他2名の外国人
研究者と共に、LHC実験を用いて新粒子のCPパリティーを測定する
新しい方法を提案した。従来の提案は、Z対を媒介とする4レプトン崩
壊における終状態の角度相関を用いる方法と、新粒子と同時に始状態か
ら生成される2ジェットの横運動量間の角度相関を用いる方法であるが、
そのいずれもが多大な事象数を必要とする。竹内氏等も基本的には後者
の物理過程を用いるが、角度相関を調べる測定量として、始状態ジェッ
トの形状パラメータ、具体的には Thrust の値とその軸の向きとを採用
することで、測定の統計精度を飛躍的に向上させる可能性を、詳細なシ
ミュレーションを用いて示した。この点が新しい。ハドロン衝突事象に
おけるジェットの形状パラメータについては近年、QCDのソフトコリ
ニアー有効理論に基づく高次補正計算が精力的にされており、ジェット
形状パラメーターのハドロン衝突事象への有効的活用が期待される。本
論文では更に多重・重複衝突事象等からの寄与を抑える具体的な工夫も
提案されており、この論文を契機として、理論実験双方において新粒子
のCPパリティ決定に関する検討が進んでいる。LHCにおけるハドロ
ンジェット事象は複雑であるので、期待される角度相関が実際に検出で
きるかどうかは予断を許さないが、本論文の提案に基づく測定によって、
新粒子のCPパリティーが決定される、あるいは決定に向けての最初の
ヒントが得られる可能性は充分にある。このように対象論文は、素粒子
物理学の喫緊の課題に素早く対応した優れた論文であり、素粒子メダル
奨励賞に相応しい。