2011年日本物理学会理論核物理領域:若手奨励賞(第12回核理論新人論文賞) 授賞者(所属は当時のもの)

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阿部 喬(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻)
 「有効場理論を用いた格子計算による低密度中性子物質の性質の解明」

対象論文:
タイトル:Lattice calculation of thermal properties of low-density 
          neutron matter with pionless NN effective field theory 
著者:T. Abe and R. Seki, 
掲載誌:Phys. Rev. C79, 054002 (2009)

[選出理由]
本論文は、核子多体系の新たな第一原理計算手法として格子上の有効場理論を開発し、こ
れを用いて低密度中性子物質の諸性質を解明した研究である。中性子物質における対相関
は中性子星表面の物性や中性子過剰核の性質を議論する上で重要なテーマであるが、平均
場近似とそれを超えたモデル計算で予言される超流動対ギャップエネルギーに大きなばら
つきが見られるなど未解決の問題が多く、第一原理計算での解明が強く望まれている。本
研究では、QCDの対称性に基づきパイ中間子を含まない有効場理論から出発し、次数勘定
則に従って構成した格子上のハミルトニアンを用いて、核子を格子上に配置したモンテカ
ルロ計算により多体相関を取り込み、ゼロ温度および有限温度の中性子物質の記述を行っ
た。まず、ゼロ温度において中性子物質の対相関を調べ、対ギャップエネルギーが平均場
近似の計算値よりも小さくなる可能性を指摘した。また、相転移温度の密度依存性を調べ
て相図を解析し、低密度においても短距離の対相関に起因して超流動相と通常相の間の擬
ギャップが存在することを指摘するなど、有限温度における中性子物質の特徴的な性質を
明らかにした。以上の結果は低密度領域における中性子物質の理解を進める上で、インパ
クトを与える結果となった。核子ー核子相互作用から出発して多体相関を取り入れた核子
多体系の第一原理計算として重要な意義をもち、世界的にも高く評価されている。

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鷲山広平(Universite Libre de Bruxelles)
 「時間依存平均場理論に基づく原子核間ポテンシャルと散逸係数の微視的導出」

対象論文:
(1) タイトル:Energy dependence of the nucleus-nucleus potential close 
             to the Coulomb barrier
    著者:Kouhei Washiyama and Denis Lacroix
    掲載誌:Phys. Rev. C 78, 024610 (2008)
(2) タイトル:One-body energy dissipation in fusion reactions from 
             mean-field theory
    著者:Kouhei Washiyama, Denis Lacroix, and Sakir Ayik
    掲載誌:Phys. Rev. C 79, 024609 (2009)

[選出理由]
受賞論文は、時間依存ハートリーフォック(TDHF)理論に基づくシミュレーション計
算から、核融合反応のダイナミクスを巨視的に記述する原子核間ポテンシャルと摩擦
係数を微視的に求める理論の枠組みを構築し、クーロン障壁近傍の衝突エネルギーに
おける原子核間ポテンシャルと摩擦係数の特徴を明らかにした。TDHF計算は、衝突の
初期段階で入射核と標的核の間に生じるネックの形成を記述するが、本論文はこの
ネック形成に伴う特徴的な密度変化が核融合の障壁エネルギーを下げ、実験データを
記述するポテンシャルの特徴を説明することを明らかにしている。さらにネック形成は
内部自由度へのエネルギー散逸を伴い、摩擦係数に強いエネルギー依存性を与えること
が示されている。微視的なTDHF計算と巨視的変数を用いた現象論的記述を関係づける試
みはこれまでも数多くなされているが、本研究はクーロン障壁近傍のネック形成に焦点
をしぼり、簡明な枠組みを用いて明瞭な結論を得ることに成功しており、低エネルギー
原子核衝突の微視的理解を大きく発展させたものとして評価できる。

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受賞者の方々には、2011年3月の学会年会において若手奨励賞受賞記念講演を
行なっていただく予定です。

(核理論委員長 中務孝、担当幹事 保坂淳)


 核理論委員会(2010年11月12日、ml-np:05085)