2013年日本物理学会理論核物理領域:若手奨励賞(第14回核理論新人論文賞) 授賞者(所属は当時のもの)

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関原 隆泰(高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所)

題名
カイラル動力学に基づいたΛ(1405)共鳴の電磁形状因子と構造に関する研究
Study of the structure of Λ(1405) resonance from
the electromagnetic form factors in chiral dynamics


論文題名:Electromagnetic maen squared radii of Lambda(1405) in chiral dynamics
著者:    T. Sekihara, T. Hyodo, D. Jido
発行雑誌:Physics Letters B 669, 133 (2008)

論文題名:Internal structure of the resonant Lambda(1405) state in chiral dynamics
著者:    T. Sekihara, T. Hyodo, D. Jido
発行雑誌:Physical Review C 83, 055202 (2011) 

選考理由
本論文は近年話題となっているハイペロン共鳴状態Λ(1405)の構造に関するもの
である。最近のカイラルダイナミクスに基づく研究では、Λ(1405)が3個の
クォークのP波励起状態ではなく、反K中間子と核子(N)などを成分とするハドロ
ン分子共鳴である可能性が示唆されている。著者は、この分子共鳴構造を検証
し、3クォーク構造との違いを明らかにするための手段として、Λ(1405)の電磁形
状因子を系統的に解析した。2008年のPLB論文はその第1報であり、後続のPRC論
文はその定式化から解析結果までの詳細をまとめたものである。共鳴状態では、
束縛状態のように規格化された波動関数を用いた形状因子が定義出来ない。その
ため本論文では、電磁場とのゲージ不変な結合を含む散乱振幅を用いて、電荷・
磁気分布などの形状因子を引き出す定式化を行った。共鳴極上ではこれらの量は
複素数として現れるため、その物理的意味を明確にするために、崩壊チャンネル
との結合を断つことにより仮想的に作られた反K中間子とNの束縛状態を用いて対
応する物理量との比較を詳細に行ない、得られた結果を物理的に解釈できること
を示した。その結果、Λ(1405)はクォークを主成分とするハドロンの典型的な大
きさ1 fmを優位に超えて、分子共鳴状態のように広がっていることを明らかにし
た。これらの論文の成果はΛ(1405)の構造に関する有用な情報を与えたのみなら
ず、共鳴状態における観測量の議論を通じて、反K中間子・核子系の大きさや形状
を研究するという新たな方向を示した。以上のことから、本論文は日本物理学会
若手奨励賞にふさわしい。

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堀内 渉(北海道大学 大学院理学研究院 物理学部門)

題名
第一原理計算による4Heの光吸収反応の研究
Ab initio study of the photoabsorption of 4He

論文題名:Ab initio study of the photoabsorption of 4He
著者:W. Horiuchi, Y. Suzuki, K. Arai
発行雑誌:Physical Review C 85, 054002 (2012)

選考理由
原子核現象の理論研究において高い信頼性と予言性を得るために、
現実的核力から出発した第一原理計算に基づいて諸現象を記述する
ことは核物理における重要課題の一つである。4核子以上の系につ
いて非束縛状態を含めた首尾一貫した記述は最先端の研究テーマで
あり、とりわけ、核反応に適用して実験観測量と直接結び付けてい
くことは世界的に注目された課題となっている。そのような背景の
もと、本研究では、宇宙核反応の一つである4He光吸収反応に焦点
をあてて、4核子系の第一原理計算による反応断面積の理論計算を
行った。この反応に関する実験においては、異なる実験グループに
よる観測値の矛盾が近年論争となっており、この問題を決着するた
めに信頼できる理論計算が切望されていた。本研究において、特筆
すべき成果は以下の点である。
・4He光吸収反応の断面積について核子相関を直接取り入れた
 理論計算に成功をおさめた。
・散乱状態の取り扱いに関して、異なる2つの手法で求めた光吸収
断面積が互いに一致することを確認し、理論の正当性と理論データ
の信頼性を示した。この研究で、現実的核力相互作用から出発した
第一原理計算を用いて核構造、反応、観測量を一つの枠組みで記述
する方法論を確立した。このように、束縛状態だけでなく、散乱の
境界条件を適切に取り入れ非束縛状態も含めた第一原理計算を行い
反応断面積を計算するには解決すべき様々な理論的問題があり、そ
れらの困難を乗り越えて4体系での実際計算を実現したことは世界
トップレベルの研究成果である。これは今後の核物理の発展につ
ながる重要な業績であり、本論文は日本物理学会若手奨励賞にふ
さわしい。

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吉田 信介(筑波大学 数理物質系 物理学域)

題名
シングルスピン非対称性における3グルーオン相関関数の研究
Study of three-gluon correlation functions in single spin asymmetries


論文題名:Contribution of twist-3 multigluon correlation functions to 
          single spin asymmetry in semi-inclusive deep inelastic scattering
著者:    H. Beppu, Y. Koike, K. Tanaka, S. Yoshida
発行雑誌:Physical Review D 82, 054005 (2010)

論文題名:Probing the three-gluon correlation functions by the single spin
          asymmetry in p↑p → DX
著者:    Y. Koike, S. Yoshida
発行雑誌:Physical Review D 84, 014026 (2011)

論文題名:Three-gluon contribution to the single spin asymmetry in Drell-Yan
          and direct-photon processes
著者:    Y. Koike, S. Yoshida
発行雑誌:Physical Review D 85, 034030 (2012)


選考理由
核子スピンの起源を解明することはハドロン物理の重要課題の一つである。
核子スピンは単純なクォーク・スピンの寄与では説明できず、軌道角運動量
などの素朴なパートン描像を超える物理の解明が進んでいる。横偏極核子を
用いたレプトン・核子深非弾性散乱のシングルスピン非対称性は、パートン
の横運動量やパートン間の相関に起因している。本研究は、まず深非弾性散乱
におけるD中間子生成過程のシングルスピン非対称性で研究できる3グルーオン
相関関数を明らかにし、摂動論的QCDを用いて断面積の解析公式がゲージ不変な
形で因子化できることを示した。この定式化によって初めて3グルーオン
相関関数の寄与を取り入れたスピン非対称性の解析が可能になった。次に、
陽子・陽子衝突におけるD中間子生成、直接光子生成、Drell-Yan過程過程の
スピン非対称性に対して3グルーオン相関関数の寄与を定式化し、簡単な
模型を用いた数値評価を行った。以上、本論文は、3グルーオン相関関数
をシングルスピン非対称性から特定できることを示し、核子のスピン構造
を明らかにする研究に重要な寄与をしたもので、日本物理学会若手奨励賞
にふさわしい。

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受賞者の方々には、2013年3月の学会年会において若手奨励賞受賞記念講演を
行なっていただく予定です。

(核理論委員長 大西明、担当幹事 熊野俊三)


 核理論委員会(2012年10月16日、ml-np:06679)