素粒子奨学会第6回中村誠太郎賞選考結果報告

                             2011年9月27日
                             素粒子奨学会

素粒子奨学会2011年度(第6回)中村誠太郎賞の選考結果をご報告いたします。

【受賞論文】

・鈴木 了 氏(Utrecht University, Postdoc Rearcher)
  "Hybrid NLIE for the Mirror AdS_5 x S^5"
  J. Phys. A: Math. Theor. 44 (2011) 235401


【講評】
今回の応募者は12名であり、毎回安定した数の応募者を得て、大変嬉しい限り
である。年齢層も幅が広がっている感がある。単著や書き下ろし論文で応募す
る本賞は、未発表論文も審査の対象であり、必然的に引用数などの形式的要素
は決め手になり得ず、論文の内容や結果を審査員が真剣に検討して審査する。
そのような点が、賞の魅力になっているとすれば喜びである。

鈴木了氏の受賞論文は、AdS_5×S^5上の超弦理論の厳密なエネルギースペクト
ルを与える有限個の非線形積分方程式は存在するかという問題に対し、部分的
な解答を与えたものである。AdS/CFT対応で最も理解が進んでいるAdS_5×S^5上
の超弦理論とN=4超対称ゲージ理論の間の双対性については、両者の可積分性が
重要な手掛りとなって、精密な検証へ向けて研究が大きく進展しつつある。
可積分性に基づいて弦理論側のエネルギースペクトルを厳密に求めるためには、
Y-systemと呼ばれる関数方程式をみたす無限個の関数を決定する必要があるが、
これを実際に直接実行するのは容易なことではない。鈴木氏は、それを一部の
添字に関してではあるが、必要な構造を保ったまま有限個の方程式系として
切り出せるということを具体的に示した。使われた方法は、XXX模型などの他の
可積分系において知られていたものであるが、問題の系のような複雑な場合
でも有効であることを示した点は高く評価できる。何故それが可能であるか
などの深い理解は今後の課題であるが、厳密解を得るためのひとつの道筋を
与えるものと期待され、精密なAdS/CFT対応の検証に向けた今後の発展に大きく
寄与することが期待される結果であるといえる。

今回惜しくも選にもれた応募論文の中にも大変興味深い研究があり、今後その
有効性をしっかりと検証して再挑戦してもらいたい。既に幾つもの解決策が
提案されてきた長年の問題に対しては、特に実効性の検証が重要である。
全体的にも力作が多く、審査員をうならせる決定打にはあと一歩足りないが、
今後が楽しみな論文がいくつもあったことを付記しておきたい。


【謝辞】
本賞は、審査にご協力くださったレフェリーの方々をはじめとして、多くの
皆様に支えられて、少しずつ歴史を重ねています。長年にわたって、
趣旨に賛同して、厳しい経済情勢の中でも資金の援助を続けてくださって
いる企業のご厚意も、素粒子奨学会の存続・発展に不可欠です。
ここに感謝の意を表すとともに、今後ともご支援をよろしくお願いいたします。