素粒子奨学会第9回中村誠太郎賞選考結果報告 2014年9月10日 素粒子奨学会 素粒子奨学会2014年度(第9回)中村誠太郎賞の選考結果をご報告いたします。 【受賞論文】 ・井上 進氏(Max-Planck-Institute for Physics, Senior Research Fellow) "Probing the cosmic reionization history and local environment of gamma-ray bursts through radio dispersion" Monthly Notices of the Royal Astronomical Society, 348 (2004) 999-1008. 【講評】 今回の応募者は12名で、これまでになく宇宙関係の応募が多かった。これは 宇宙分野にも本賞がかなり浸透してきたためであろうか。今回も長時間に亘って 様々な観点から審議したが、最終的には1名の受賞者となった。 井上進氏の受賞論文は、電磁波の分散から宇宙再電離過程やガンマ線バーストの 電離環境を推定する方法を提案した先駆的仕事である。 宇宙が始まって3万8千年ごろ中性化した宇宙が、3億年を経て再び電離し始めた。 この再電離は宇宙史を解明する上での重要な鍵のひとつである。井上氏は、再電離 過程を探索し、さらに初期天体周辺を観測する新しい強力な方法を提案した。 同様な手法は、井岡邦仁氏(KEK)によっても同時期に独立に提案されている。 プラズマ中を伝わる電磁波はその波長の2乗に比例して到達時間が遅れる。 井上氏は、この時間差を観測することによって、宇宙の再電離過程を詳しく 解析したり、遠方の爆発的天体現象であるガンマ線バースト周辺の電離環境を 推測できることを示した。特に、20億年以前(z>3)の電離過程の信号が銀河内の ノイズを凌駕することも示している。このように、井上氏の手法は深宇宙の 強力な探査方法となるのである。 この新しい探査方法は宇宙論の検証に大きな可能性を与えた。つまり、ガスの 電離を促す宇宙最初の星や原始銀河、超巨大ブラックホールがどのようなもので あったのか解明できると期待される。さらに最近、ミリ秒程の電波パルスを出す 天体(FRB)に、波長に依存した到達時刻の違いが観測されている。このパルスは 遠方のガンマ線バースト起源の可能性もあり、興味深い。 中村誠太郎賞として表彰するにふさわしい業績として、特に評価されたのは、 a)宇宙史探索の基本的な問題に対して、明快な物理原理に基づいた個性的で 強力な方法を最初に提示した論文であること、b)10年前の論文だが近い将来 観測で確認される可能性が出てきて注目に値することの2点である。 井上氏はその後も宇宙物理学の種々の分野で世界的な研究を活発に進めている。 この活躍を今後もさらに継続・発展されんことを期待する。 他の応募論文の中にも、解析技術や必要知識の面でレベルの高い論文もあったが、 総合的な判断の結果、選外となった。特に力量もあり、他のより意義深い共著の 業績もありながら、単著の小品で応募したケースが複数あった。また、引用数が 多いものが必ずしも本当に重要な論文あるいは審査員をうならせる魅力的な論文 とは限らないことを若手には理解してもらいたい。自分自身の立場から見直した 書き下ろし論文や、未発表のアイデアを世に問うなどの野心的な仕事で積極的に 挑戦してもらいたい。 最後に、今回共著論文に基づく書き下ろしとして応募された論文の中に、 残念ながら書き下ろしとは見なせない内容のものがあったことを付記しておく。 【謝辞】 本賞は、審査にご協力くださったレフェリーの方々をはじめとして、 多くの皆様に支えられて、少しずつ歴史を重ねています。長年にわたって、 趣旨に賛同して、厳しい経済情勢の中でも資金の援助を続けてくださって いる企業のご厚意も、素粒子奨学会の存続・発展に不可欠です。 ここに感謝の意を表すとともに、今後ともご支援をよろしくお願いいたします。 |