素粒子奨学会第14回中村誠太郎賞選考結果報告

                             2019年9月27日
                             素粒子奨学会

素粒子奨学会2019年度(第14回)中村誠太郎賞の選考結果をご報告いたします。

【受賞論文】(順不同)

・佐藤亮介氏(DESY Postdoctral Fellow)
 "Solving Schroedinger Equation for Annihilation"
 (JCAP 1606 (2016) 021 に基づく書き下ろし)

・谷崎佑弥氏(学振海外特別研究員@North Carolina State U.)
 "Anomaly constraint on massless QCD and the role of Skyrmions in chiral
  symmetry breaking"(JHEP 08 (2018) 171)


【講評】

今回は、応募者が22名と例年に比べてほぼ倍増した。特に原子核理論分野の応募数の
増加が目立った。審査は大変であるが、このまま幅広い分野からの応募が続くことを
期待したい。

佐藤亮介氏の受賞論文は、対消滅の短距離効果も取り入れたSchroedinger方程式を
解くことで、ユニタリティと矛盾しない対消滅断面積の公式を導いたものである。
宇宙の暗黒物質が未知の素粒子であり、初期宇宙において熱平衡にあったとすると、
その残存量を対消滅断面積によって求めることができる。簡単な場合には、消滅
断面積は摂動論で計算できるが、重い暗黒物質粒子の間に長距離力(W粒子交換
など)が働く場合は、長距離力の効果を足し上げる必要がある(Sommerfeld効果)。
ところが、これを行った後でも、理論のパラメータの値によっては、断面積が
部分波ユニタリティの上限を超えるという非物理的な結果が得られることが知られて
おり、この問題を解決するには対消滅に直接関与する短距離力の効果の足し上げが
必要と予想されていた。佐藤氏は、これを具体的に実行する方法を開発し、
実際にいくつかの場合において結果がユニタリティを破らないことを確認した。
この方法は、種々の暗黒物質粒子のモデルに対する残存量計算に応用できると
期待される。

谷崎佑弥氏は受賞論文において、場の理論におけるアノマリーやトポロジカル相に
関する近年の数理的知見をQCDに応用し、QCDの大域的対称性について新しい
アノマリー釣り合い条件を発見した。この条件をQCDの基底状態に適用し、
Stern相と呼ばれる2つのクォーク、2つの反クォークの4つが凝縮してカイラル
対称性を自発的に破る相は有限密度を含め存在できないことを示した。
具体的には、カラーの数がNc、 フレーバの数がNfのクォーク質量がゼロの
QCDを考え、この理論が持つ大域的対称性に対してカイラルな離散群の1形式ゲージ場
およびフレーバ対称性に関する2形式ゲージ場を導入することでバリオンカレントに
対するアノマリーを発見し、そのアノマリー釣り合い条件を用いた。
QCDの有限温度有限密度での相構造を決定することは、ハドロン物理の大きな目標の
一つである。解析的手法で理解できる部分は摂動計算が適用可能な超高温、
超高密度領域に限られている。また、数値的なアプローチとして強力な格子QCDに
よるシミュレーションは有限温度においては適用可能だが、有限密度については
符号問題のため困難なのが現状である。新しいアノマリー釣り合い条件を用いた
解析手法は、QCDの相構造やQCDの非摂動的性質を理解する上で重要な役割を担うと
いえるだろう。

応募論文全体を通じて、力作も多く面白い論文が目立った。その一方で、
技術的にはある程度の進展であっても、物理としてどこを目指しているのかが、
解りづらい論文もあり、分野の細分化が進んだ今こそ、明確で大きな目標を
自覚してもらいたいと感じた。


【謝辞】
本賞は、審査にご協力くださったレフェリーの方々をはじめとして、多くの皆様
に支えられて、少しずつ歴史を重ねてきました。奨学生事業の時代から長年に
わたって趣旨に賛同し、厳しい経済情勢の中でも資金の援助を続けてくださって
いる企業のご厚意も、素粒子奨学会の存続・発展に不可欠です。また、湯川記念
財団の後援のおかげで、安定的な運営を続ける事ができています。ここに全ての
関係者へ感謝の意を表します。今後ともご支援をよろしくお願いいたします。