素粒子奨学会第19回中村誠太郎賞選考結果報告

2024年9月20日
素粒子奨学会


素粒子奨学会2024年度(第19回)中村誠太郎賞の選考結果をご報告いたします。

【受賞論文】(順不同)

・森川億人氏(理化学研究所、基礎科学特別研究員)
 "Non-perturbative foundation of generalized symmetries -Wilsonian lattice regularized point of view-"
 (Phys. Rev. D 108, 014506 (2023) および PTEP 2024, 043B04 (2024) に基づく)

・高浦大雅氏(京都大学基礎物理学研究所、湯川特別研究員)
 "Low energy limit from high energy expansion in mass gapped theory"
 (arXiv:2404.05589)

・大畑宏樹氏(高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所、KEK日本学術振興会特別研究員)
 "Phase diagram near the quantum critical point in Schwinger model at θ = π: analogy with quantum Ising chain"
 (PTEP 2024, 013B02 (2024))

【講評】

今回は各分野合わせて11名(内1名辞退)の応募があった。今年も昨年に引き続き、審査委員会を対面(ハイブリッド)で開催し、論文審査をご担当頂いた多数の外部審査委員の協力のもと、3名の授賞者を決定した。

本賞は、大学および研究機関の常勤のポストについていない者に応募資格があるが、若手研究者を取り巻く環境は変化しており、国内でも、大学や研究所のパーマネント常勤職の前にテニュアトラック期間を設けることが一般的になりつつある。テニュア獲得の可能性は大学によって大きく異なっているが、本賞は着任から5年以内にテニュア獲得審査を受けるテニュアトラック・ポジションにある研究者の応募も可能としている。物理的意義を明確かつ丁寧に説明した論文での応募を期待する。

・森川億人氏
森川億人氏の受賞論文は、最近注目を浴びている高次形式対称性や非可逆対称性などの所謂一般化された対称性を、格子ゲージ理論の立場から構成的に定義しようとする森川氏らの一連の共同研究の中から、上記の2編の共著論文(前者は、阿部元一、小野田壮真、後者は、本田大和、小野田壮真、鈴木博の各氏との共著)に基づいて書き下ろしたものである。森川氏には今回の書き下ろし対象ではない仕事で、't Hooftフラックスのある境界条件のもとでのSU(N)格子ゲージ理論を構成し、Lüscherの定義を拡張して分数トポロジカル電荷が格子上で曖昧さなく定義できることを示した共同研究がある。応募論文の前半は、そこで使われた道具立ての多くを援用しながらも、少し違ったアイデアに基づいて分数トポロジカル電荷を再導出した。そこでは連続極限との比較が容易な形で2-形式ゲージ場を導入しており、その枠組みに基づいて高次群構造や非可逆対称性なども構成できることを示している。また後半では、格子QEDにおける軸性アノマリーに対して3次元ディフェクト上のトポロジカルな自由度を結合させることで非可逆軸性対称性を実現しようと試みている。こちらに関しては十分に解明されていない部分も残されており、今後の更なる研究が待たれる。一方、特別な変換角の場合には格子BF理論を構成して結合させることで、非可逆対称性のfusion ruleと呼ばれる代数関係が具体的に計算可能になるという、興味深い知見を与えている。

・高浦大雅氏
高浦氏の受賞論文は、漸近的自由性および質量ギャップを持つ理論において、低エネルギーの非摂動領域の物理量を、高エネルギー領域での摂動計算を用いて解析する新しい手法を提案したものである。一般に、漸近的自由性を持つ理論では、低エネルギー領域での解析的な計算は非常に困難だが、本論文では、運動量空間の相関関数に対して逆ラプラス変換と演算子積展開を用いることで、高エネルギー領域と低エネルギー領域を関係づけ、低エネルギー極限での物理量を正確に計算する手法を開発した。具体例として、(1+1)次元O(N)模型のLarge-N展開にこの手法を適用し、リノーマロン問題を回避しつつ、相関関数や自己エネルギーの運動量に関するテーラー展開の係数について、精度の高い結果が得られることを実証した。漸近的自由な質量ギャップがある理論であれば、リノーマロンがある場合でも演算子積展開から低エネルギー領域での物理量の値を精度よく計算できる方法を提案した点が評価でき、今後の現実のQCDへの応用が期待される。

・大畑宏樹氏
大畑氏の受賞論文は、(1+1)次元の量子電磁気学であるSchwinger模型における、θ=πの量子臨界点近傍の振る舞いを数値計算によって詳細に解析したものである。θ項を持つゲージ理論は符号問題が生じるためモンテカルロ法に基づいた数値計算が困難であることが知られている。しかし、本研究ではボソン化法を用いることでこの問題を回避し、モンテカルロ法による数値計算を実行した。θ項は一般にCP対称性をあらわに破るが、θ=πの場合、CP対称性が保たれる。零温度のSchwinger模型では、フェルミオン質量の値に応じて、このCP対称性の自発的破れが起き、その臨界点が量子Ising模型のユニバーサリティクラスに属することが先行研究によって示唆されていた。大畑氏は、この問題を有限温度の場合に拡張し、CP対称性の破れの量子臨界点近傍における秩序変数の相関関数の漸近形を模型に依存する係数を含めて詳細に解析した。ボソン化という(1+1)次元量子系に特化した手法であるが、符号問題を回避し、臨界点での相関関数の振る舞いを数値的に詳細に調べた点が高く評価できる。

【謝辞】
本賞は、審査にご協力くださったレフェリーの方々をはじめとして、多くの皆様に支えられて、着実に歴史を重ねてきました。奨学生事業の時代から長年にわたって趣旨に賛同し、厳しい経済情勢の中でも資金の援助を続けてくださっている企業のご厚意も、素粒子奨学会の存続・発展に不可欠です。また、湯川記念財団の後援のおかげで、安定的な運営を続ける事ができています。さらには、個人からの貴重なご寄付も、素粒子奨学会ひいては若手研究者の未来を支えていくことに貢献しています。ここに全ての関係者へ感謝の意を表します。今後ともご支援をよろしくお願いいたします。