私の研究の紹介(非専門家向け)
私たちを取り巻く自然界は、電磁気力、弱い力、強い力、そして重力といった4種類の力が働いて機能しております。
さて物理学において、これらの力を2つに大別すると、重力とそれ以外の力に大別できます。 まず、電磁気力など重
力以外を説明する理論は、専門用語でゲージ理論とよばれていますが、 直感的にはそれぞれの物質が電荷や磁荷
を持ち、静電気力(クーロン力)や磁力などによって相互作用する理論と思って頂いて構いません。 しかし、「重力」に
ついては、突き詰めると様々な不思議な現象が起こります。 地球と太陽を引き付ける重力のような比較的小さな力
(と言っても人間から見るととても大きいですが)の場合は、 高校の教科書で勉強するようなニュートンの万有引力の
法則で説明することができます。 しかしながら、重力がとても大きい場合、例えば太陽の質量を数キロ程度の半径ま
で圧縮して作られるようなとても高密度の天体では、いわゆる「ブラックホール」という現象が起こります。 このような
環境を理論的に解析するには、ニュートンの理論では不十分で、アインシュタインの「一般相対性理論」を用いる必要
があります。
ブラックホールは、非常に重い天体であるので、どんな物体でも極めて強く引き付けます。 光(電磁波)のように軽
いものであっても、ブラックホールの強力な重力のために天体の内部から出てくることができません。 外部の観測者
はその天体の内部をのぞくことができず、ブラックホール(黒い穴)と呼ばれているのです。 このブラックホールは、重
力理論を深く理解する上で、最良の思考実験の実験室を与えてくれます。 不思議なことに一般相対性理論からブラッ
クホールが熱力学の性質を持っていることが導かれます。 つまり、温度やエントロピーやエネルギーなどといった熱力
学的量を定義することができます。 ブラックホールは黒いと先ほど書きましたが、実はミクロに量子論を用いて調べる
と、ブラックホールは光を放射しており「ホーキング輻射」とよばれています。 この事実からブラックホールが温度を持
っていることが分かります。 このように考えると、ブラックホールはミクロに見ると、実は物質を加熱した状態と思える
のではないのか?という疑問が生じます。 しかし残念ながら、アインシュタインの一般相対性理論は、そのようなミクロ
な解析が必要となる問題に関しては、解答を与えてくれません。
そこで、重力をミクロに記述する理論(量子論)である「超弦理論」が登場します。 この理論は、物質の最小単位は粒
子ではなく、輪ゴムのように広がったひも(弦)であるというアイデアに基づいた理論で、今では世界中で最もポピュラー
な量子重力理論です。 さて、この超弦理論を用いると、実はブラックホールはミクロな粒子の多数の集まりであること
が分かります。 このミクロな粒子の間に働く力は、重力ではなく、電磁気力のようなものです。 このように超弦理論は、
重力理論の顕微鏡のような働きをするのですが、この事実をさらに発展させると「ホログラフィー原理」に到達します。
この考え方は、重力の理論というのは、ある意味人間の幻想のようなもので、 重力を含まない理論(電磁気学を拡張
したようなもの)として全く等価に表すことができるであろうという至極大胆なものです。 しかしながら、この考え方は、
具体的な例で様々な検証をパスしており、ここ10年の超弦理論の進展において最も強力な指導原理となっております。
ホログラフィー原理は、「そもそも重力とは何なのか?どこから生まれた力なのか?」という根源的な問いに関して、
我々の理解を大きく深め、 現在も様々な驚くべき発展が世界中で行われている最中です。 またホログラフィー原理を
用いると、とても解析が複雑な量子系(例えば相互作用の強い超伝導体や金属などに類似したもの)を、比較的な簡単
な一般相対性理論の計算で解析できるという長所もあります。
私はこれまで10年間の研究で、このホログラフィー原理が、 「量子エンタングルメント(量子もつれ)」という量子論の
最も基本的で特徴的な性質と本質的に深くかかり合っていることを見出しました。 その強力な証拠となるものが、私が
イリノイ大の物性理論の研究者である笠真生氏と共同で発見したホログラフィック・エンタングルメント・エントロピーの公式
です(Phys. Rev. Lett. 96, 181602, 2006)。量子エンタングルメント・エントロピーの強さの度合いを測る最も基本的な量が
「エンタングルメント・エントロピー」と呼ばれる量ですが、この私たちが発見した公式(笠-高柳公式と呼ばれています)に
よって、この量が重力理論の宇宙における幾何学的面積(正確には極小面積)と等しいことが分かるのです。
さて、私たちの周りの物質を細かく分けてゆくと、原子や原子核、そしてさらに電子やクォークと言った最小単位(素粒子
と呼びます)に分解できることは良く知られています。では重力の働く宇宙)自体を細かく分けてゆくとどうなるでしょうか?
つまり、時空の``素粒子''とは一体どんなものなのでしょうか?この問いに関して私たちの公式から分かることは、時空
の最小単位は1ビットの量子エンタングルメントであり、それが無数に集まって構成されたものが私たちの宇宙ではないのだ
ろうかという予想なのです。例えばこのアイデアを実現する具体的な模型としてテンソルネットワークと呼ばれる方法があり
ます。これは複雑な物質の量子状態をネットワークでグラフィカルに表す手法ですが、実はそのネットワークがホログラフィ
ー原理で予想される宇宙を実現しているのではないかと推測され、私たちのグループも含め世界中でとても活発な研究が
進行しているところです。
このように私たちの発見した公式は、「重力理論の宇宙」と「物質の量子情報」を結び付ける発端を与え、新しい研究分野
を超弦理論にもたらしました。特に最近10年間のこの分野の研究は非常に目覚ましく、前述の公式を発見した私たちの論文
はhep-thの論文(超弦理論や場の理論の分野)の年間引用件数の世界ランキングで、2014年からデータが公開されていた
2019年まで連続で第4位となっていました。ちなみにランキング1位はホログラフィー原理の具体例のAdS/CFT対応を発見した
Maldacenaの1997年の論文です。2位と3位はAdS/CFT対応で物理量を計算する基本原理であるバルク境界対応公式
を発見したGubser-Klebanov-PolyakovとWittenの1998年の論文です。
また私たちのこの論文は、INSPIRE全体の年間引用件数の世界ランキングで2017年には32位、2016年は39位となって
いました。INSPIRE Annual Topcites 2016の記事では、私たちの論文が以下の様に紹介されています:
``A breakthrough paper from 2006 by Ryu and Takayanagi [39], which connects
entanglement entropy and
Bekenstein-Hawking entropy, has made its first appearance in the Top Forty
list as interest grows in the connection
between quantum information concepts and quantum gravity.''
より詳細は、例えば私が行った以下の一般講演のプレゼン資料を参照ください:
[学術変革領域研究A「極限宇宙」第一回市民講演会:量子情報から極限宇宙へ2022年11月][(PDF)]
[京都大学11月祭本部講演2022年11月 「量子情報から創発する宇宙」(PDF)]
[日本学術会議 公開シンポジウム「物理学のアプローチが開く世界とその展開」2022年11月 「量子ビットから生まれる宇宙」(PDF)]
[JAXA宇宙科学談話会2017年5月「超ひも理論の最前線:宇宙は量子ビットから創られているのか?」]
[西宮湯川記念科学セミナー2014年12月「超ひも理論の最前線: ブラックホールから ホログラフィー原理へ」]
[第34回知の拠点セミナー2014年7月「超ひも理論のフロンティア: ブラックホールから ホログラフィー原理へ」]
また、専門的なことを知りたい方は例えば以下を参考にしてください:
私の著書::
*基本法則から読み解く物理学最前線 【23】巻「量子エンタングルメントから創発する宇宙」共立出版 2020年9月
*[SGCライブラリ 106/SDB Digital Books 25 「ホログラフィー原理と量子エンタングルメント」 サイエンス社 2014年4月]
[同誌正誤表]
私のスクール講演:
*「量子情報と重力理論」、量子情報春の学校2021、2021年3月28日