私が行なっていた事の解説

いろいろな方に聞かれる事を整理してみました.


専門として扱っている事

  1. 宇宙物理学(理論)
    宇宙で起きている様々な現象を物理学で解明する事,あるいは物理学から未発見の現象を予言する事を専門としています.特に長年取り組んでいるのは,宇宙の大規模構造形成の問題です.
    我々の住む地球は太陽系に属し,太陽系は数千億の星から成る天の川銀河に含まれます.天の川銀河は直径が10万光年(1光年は約9兆4600億km)という,とてつもなく巨大な天体ですが,これが宇宙の全てではありません.天の川銀河のような銀河が,宇宙には無数にあります.例えば地球から200万光年ほど離れたところには,
    アンドロメダ銀河 (M31) と 呼ばれる巨大な銀河があります.
    銀河が宇宙にどのように分布するかは,1980年代になり,マーガレット・ゲラー(M. J. Geller)氏らが実施した銀河の3次元分布を示す地図を作るプロジェクトにより,分かってきました.最近では2dF Galaxy Redshift SurveySloan Digital Sky Surveyなどのプロジェクトにより,10万以上の銀河の3次元分布が分かってきました.
    この銀河分布がどうやって出来るかが,宇宙の大規模構造形成の問題です.銀河分布のパターンは,宇宙の初期に物質がどのように分布していたか(偏りがどのようにあったか)という事の他に,宇宙がどのように進化して現在に至ったかという事からも大きく影響を受けます.このため,銀河分布を詳細に調べる事により,この宇宙がどのように進化してきたかを解明する事ができます.今後,より大規模,遠方(光の速度は有限なので,過去ということになります)の銀河分布を観測する計画が提案されており,大きな発展が見込めるでしょう.

    参考:2007年4月 早稲田大学理論物理学研究室 オリエンテーションの発表資料から引用

  2. 統計物理学
    上記の宇宙物理学からの関連で取り組んでいます.例えば水にインクをたらすと,インクは水の中で徐々に広がり,最後には濃さが均一になります.この最終状態を平衡状態といいます.
    平衡状態がどんなところでも存在するかというと,重力でお互いに引き合うようなところでは,安定な平衡状態が存在しない事が知られています.大まかに考えると引き寄せあっているので,最後には全てが接近してブラックホールになるのではと思われるでしょう.実際に調べるとそこまで単純ではありませんが,最終的には全体ではなく一部分の星が集まって潰れてしまうと予想されています(詳しい解説は国立天文台の牧野氏の専門家向けの解説を参照).
    それでは,このような特徴を持つ重力の性質を,統計的に取り扱うにはどうすればいいのでしょうか.19世紀から研究されてきた統計物理学をそのまま適用すると,うまく行かないところがいくつも出てきます.重力を取り扱うには,別の方法を用いなければならないのでしょうか.それとも,我々がまだ知らない事があり,突き止めなければならないのでしょうか.
    また,重力だと潰れていったところが最終段階ということですが,現実には宇宙には銀河が沢山あります.しかも,例えば銀河の回転については互いに似通った性質があります.この性質はなぜ現れるのでしょうか.『重力』をキーワードにして,統計物理学のいろいろな問題に取り組んでいこうと考えています.

    参考:2006年1月 非平衡系の統計物理シンポジウム(@筑波大)の発表資料から引用

  3. 情報セキュリティ
    『情報セキュリティ』という言葉から想像されるのは,パスワードによる保護,ウイルス,暗号などでしょうか.それらもセキュリティの一部ですが,それだけで十分とはいえません.そもそも情報セキュリティを守るとはどういうことでしょうか.
    最近は法律の施行もあって個人情報保護の意識が高まっており,情報を必要な人以外には使わせないという機密性を重視するようになっています.しかし一方では,必要とする人がきちんと使える様にしておく事(可用性)も必要ですし,その情報が書き換えられたものではなく正しいものであるようにする事(完全性)も必要です.この三者のバランスを,必要以上のコストをかけずに保つかという事が,情報セキュリティの基礎といえるでしょう.
    情報セキュリティを保護するためにはどうすればいいのか.また,ただ単に保護するだけではなく,保護する事により何をどうしていくかという事が,社会でますます重要になるでしょう.日本においては,いわゆる日本版SOX法 (J-SOX法)の施行もあり,企業は内部統制に力を入れなければならなくなりました.これからは情報資産を守るだけではなく,「いつ,誰が,何を,どこで,どのように,どうした」という 5W1H などの証拠も保全しなければなりません.情報セキュリティの保護は説明責任を果たすだけではなく,企業価値を高める事にもつながるのではと考えられます.
    情報セキュリティについては,私はセキュリティそのものの研究ではなく,情報セキュリティ教育について取り組んでおります.


最近の面白い成果
  1. 宇宙物理学(理論)
    観測の精密化に伴い,かつては『桁さえ合っていればいい』と言われた宇宙物理学も,精度が要求される事となってきました.
    宇宙の大規模構造について,きちんと進化を追いかけるには,コンピューターを用いたN体シミュレーションが必要です.N体シミュレーションは大まかに説明すると,銀河を点とみなし,点同士が重力によって引き合っていく様子を追いかけるというものです(N体シミュレーションについての詳しい説明は,名古屋大の松原氏の
    解説を参照).
    シミュレーションでは,最初に点がどのように分布しているかという事が重要です.初期について考える方法として,過去20年以上もの間,世界的に標準とされてきた方法があります.実は精度がよくないのではないかという指摘が,2006年になされました.そこで,どのように初期を扱えば問題無くシミュレーションを行なう事が出来るかという事を,我々は詳細に調べました.この結果,2006年に指摘され提案された改良法を用いれば,おおむね問題なくシミュレーションが実施できるだろうという事を示しました.

    参考文献:
    T.Tatekawa and S.Mizuno, JCAP 0712 (2007) 014

  2. 統計物理学
    上で水の中のインクの濃度が均一になる,平衡状態について述べました.重力で引き合うような星の集団では,安定した平衡状態が無い事が知られています.重力以外に視野を広げると,なかなか平衡状態にたどり着けないというモデルが数多く知られています.これらのモデルでは,コンピューターシミュレーションでやたらと時間経過を追いかけることになりますが,変化がゆっくりだと平衡状態と見間違うかもしれません.
    平衡状態ではどのようになるかということは,統計物理学で理論的には説明できます.でも,平衡状態では濃度が均一であるとは限らず,いびつな状態になることがあります.どのようにいびつかまでを正確に計算する事は,非常に困難でした.特に,水で例えると,水と氷の境目のような際どいところでは,どういう分布が平衡状態なのかを示す事がほぼ不可能でした.
    我々は従来とは全く異なる考え方で平衡状態を導く方法を開発しました.従来の方法ですと,スーパーコンピューターを用いてもうまくいかなかったのに,我々の方法を用いると,ノートパソコンを利用してもすぐに平衡状態の分布がどのようになるかを計算する事が出来ます.
    観点を変えると,我々の方法はいわゆる最適化問題の解を求める事になります.そのため,我々の方法を物理学以外の分野に応用すれば,いろいろな問題が解明できるのではと思います.

    参考文献:
    T.Tatekawa, F.Bouchet, T.Dauxois, S.Ruffo, Phys. Rev. E71 (2005) 016102 (専門家向け)
    立川 崇之, 物性研究 vol.87 No.4 (2007.1) 510-534(学部4年以上向け)

  3. 情報セキュリティ
    情報セキュリティについては教育に従事しております.2006-2007年度は工学院大学技術者能力開発センターにおいて,主に社会人を対象に高度なセキュリティ技術者を育成する教育プログラムを実施しました.文部科学省の予算(正確には(独)科学技術振興機構科学技術振興調整費)で実施されたもので受講料は無料でしたが,受講された方々は大変に熱心であり,また講師陣も(自分を除いて)素晴らしい方々が関わったので,講座の運営と教育に従事する一方で,私自身も大変勉強になりました.受講された方々から情報セキュリティに関する情報,物事への取り組み方等,教わった事は少なくないと思います.
    これらの成果は科学技術振興調整費データベースの中で, として公開されております.
    2008年度も情報セキュリティの教育に従事する事となり,現在は「セキュリティ・アーキテクチャのプロ」の養成講座の運営に取り組んでおります.2008年度の基礎コースが,大学院の情報学専攻修士課程のレベルに相当するそうです.

それぞれの分野の接点は?

宇宙物理学と統計物理学の接点は専門として扱っている事で述べた通りです.
「物理学と情報セキュリティの接点は?」と聞かれると,少々説明が長くなります.理論物理学の分野は「紙と鉛筆」で事が足りると言われてきました.しかし近年は大規模なシミュレーションが出来るほどに,個人レベルで利用可能なコンピューターの性能が高まった事,論文の執筆や投稿が電子的に行なわれる様になった事等から,「紙と鉛筆とコンピューター」が必要になっています.
このために最初に所属した研究室で,コンピューターを複数組み合わせたシステムの構築にも従事しました.電子メールの中身が漏洩したり,情報を公開しているサーバーが侵入されたり,シミュレーションの結果がいじられたり消されたりしたら大変です.そこで,システム構築の際には利用しやすく防御もなされた,セキュリティを意識して構築を行ないました.システムを自分で構築して,物理におけるシミュレーションを実行したり,電子メールを送受信したり,Web ページを公開したりしてきました.
物理学の分野も情報セキュリティの分野も日進月歩の世界です.常に新しい情報を入手しながら取り組んでいたところ,幸いにも情報セキュリティ教育の職を得る機会があったために,情報セキュリティの教育に従事する事になったという次第です.この職に従事する事に依り,今までいびつだった知識を整理し,さらに大局的に情報セキュリティについて考える事が出来る様になったのではと思います.


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