科学研究費補助金・新学術領域研究(新ハドロン)・公募研究

ハドロン間相互作用とハドロン共鳴の分子的構造の研究

研究代表者:兵藤 哲雄(京都大学基礎物理学研究所)

課題番号:24105702(平成24年度〜25年度)

研究の目的・概要

近年、ハドロンを構成要素とし、ハドロン間相互作用によって誘起された準束縛系である分子的(クラスター的)構造が、ストレンジネスを含む少数ハドロン系において顕著にあらわれることが議論されている。ハドロンの束縛系を調べる基礎となるのはハドロン2体の相互作用であるが、これを特徴づける物理量である散乱長は現時点で実験的に決定できる系が限られている。また、束縛状態に対しては構造の複合性の定式化が整備されつつあるが、興味のあるハドロン励起状態に対して意味のある議論を行うためには、複合性の定義の共鳴状態への拡張が必要である。

本計画では近年注目されているハドロン共鳴にみられる分子的構造に焦点をあて、ハドロン間相互作用の実験的決定と平行してハドロン構造の解明を行う。特に、ストレンジネス系で培われた知見を重いクォークを含むセクターに拡張し、基本となるハドロン間相互作用およびそこから生成される束縛、共鳴状態の性質を解明する。軽いセクターと重いセクターではハドロン間相互作用の背景にある対称性や動力学が異なるので、類似の系が異なる様相を示すことが期待される。従来の定性的あるいは模型に依存した議論から一歩進んで、より普遍的な模型に依存しない構造の定義を構築し、軽いクォークのセクターからチャーム、ボトムを含む系まで、フレーバー横断的にハドロン構造の解明とその実験的検証に迫る。


研究の進捗と成果(平成24年度)

DNN準束縛状態の予言:ストレンジネス系では、反K中間子と核子の閾値近傍にLambda(1405)共鳴が存在する事から、反K中間子核子相互作用が強い引力であることが予想され、反K中間子を含む原子核の可能性が盛んに議論されている。本課題ではこれをチャームセクターに応用し、反K中間子に対応するD中間子が原子核に束縛する可能性を調べた。ストレンジネス系でのLambda(1405)に対応するチャームバリオンLambda_c(2595)をDN準束縛状態とする描像で相互作用を構築し、DNN三体問題を解く事で準束縛状態の存在を明らかにした。得られた3体準束縛状態は崩壊幅が狭いことが予想され、実験での観測に有利である。この成果は原著論文にまとめられ、研究会報告国際会議発表国際会議発表国際会議発表研究会発表学会発表セミナー発表で報告された。

共鳴状態の空間的サイズ:一般に、共鳴状態の平均自乗半径などの観測量を評価すると結果が複素数値で得られ、虚部の解釈の不定性などにより物理的な描像を得ることが困難である。本課題では、ある束縛状態を有限体積の箱に入れた際に起こる質量シフトが状態の波動関数の広がりと関係することに注目し、これを応用することで共鳴状態の空間的サイズを実数で評価することに成功した。これにより、不安定な共鳴状態の空間的サイズを直感的に理解することが可能となった。この成果は原著論文にまとめられた。

エキゾチックなカラー構造を持つダブルチャームテトラクォークとその生成:構成子クォーク模型のカラー磁気相互作用に基づく2クォーク相関を考えると、ダブルチャームテトラクォーク状態Tccが存在することが示唆される。本課題では、通常議論されていたTcc(3)に加えて、クォーク・クォーク間のカラー相関が6表現を持つTcc(6)状態も準安定的に存在することを指摘した。両者は同じ全量子数を持つが、状態間の遷移はヘビークォーク極限で抑制されるので、独立な状態として実現される可能性がある。これらのTcc状態について電子陽電子衝突における生成率を非相対論的QCDの枠組みで評価し、Tcc(3)とTcc(6)で生成の運動量分布に違いが現れ、内部カラー構造を実験から決定できる可能性を示した。この成果は原著論文にまとめられ、国際会議発表研究会発表で報告された。

研究の進捗と成果(平成25年度)

マルチハドロンのヘビークォーク対称性:ヘビークォークを1つ含むハドロンは、ヘビークォーク極限でスピン縮退を示すことが対称性の議論から知られている。本課題では、ハドロン分子状態や媒質中のハドロンなど複雑な内部構造をもつヘビーハドロン系もスピン縮退を示し、従来brown muckと呼ばれる軽いクォーク成分が豊かな構造を持ちうることを指摘した。この結果はヘビーハドロン分光の体系的理解に有用な視点を与えるのみならず、同じ多重項の粒子の生成や崩壊の性質の解明に役立つ。この成果は原著論文にまとめられた。

閾値近傍のs波共鳴状態の構造:安定な束縛状態の構造を議論する指標として、波動関数の繰り込み定数で決まる複合性という概念があるが、共鳴状態の場合は平均自乗半径と同様に複合性は複素数となる。本課題では、閾値近傍の共鳴状態に注目することで、有効レンジ展開から共鳴極の位置のみで散乱振幅が決定できることを指摘した。さらに、この場合複合性自体は複素数になるものの、負の有効レンジの大きさが複合性と関係していることを議論し、実験の観測量と内部構造が関係することを明らかにした。閾値近傍の共鳴状態が有効レンジ展開によって明快に理解できることは原著論文で示された。また、複合性の詳細な定式化や、有効レンジ展開の係数の物理的意味などは招待レビュー論文にまとめられた。他に国際会議招待講演国際会議招待講演研究会招待講演学会発表セミナー発表などで報告された。

パイ中間子3体系における普遍的物理:2体の散乱長が相互作用の到達距離より十分大きな系では、エフィモフ効果に代表される少数系の普遍的物理が現れることが知られており、冷却原子系での実験技術の進展などに刺激され近年精力的に研究されている。本課題では、軽いクォーク質量が仮想的に大きい領域でアイソスカラーチャンネルのパイオン散乱長が発散する点があることを利用し、パイ中間子3体系において普遍的物理が実現することを示した。アイソスピン対称性が厳密な場合は、束縛エネルギーが2パイオン束縛状態のものに比例するような単一の3体束縛状態が存在し、アイソスピン対称性の破れがある場合は、エフィモフ効果が起こり散乱長が発散する極限で無限個の3体束縛状態が存在する。これらの現象はクォーク質量を適切に調節した格子QCDで実現可能であり、また普遍的3体束縛状態の存在は核媒質中での対称性の回復に伴う多重パイ中間子チャンネルのソフト化に影響を与えることが期待される。この成果は原著論文にまとめられ、国際会議発表で報告された。

論文・紀要・会議録:
学会・国際会議講演:
その他: