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鳥と虫の飛翔


早川尚男 (京都大学大学院人間・環境学研究科)


(物理学概論第N回)
さて飛行機の飛ぶ理由は概ね理解できたと思われるが、更に昆虫や鳥といった 生物の飛翔を考えてみよう。こうした生き物の世界では飛行機と共通の特徴が 見られるのであろうか、或は全く別物なのであろうか。

実は前回述べた話は通常の流体力学の教科書にある通り2次元翼の話をベース にして説明している。鳥等の飛翔生物は大きさが充分でないので3次元的に扱う 必要がある。無論飛行機でも定量的な議論のためには3次元的な扱いが必要である。 しかしそんな難しい話をしてもしかたがないのでここでは簡単化して話をしよう。 揚力と抵抗力はベルヌーイの定理を見れば想像がつく通り動圧1/2ρv^2と関係 している(ρ:空気密度、v: 速度)。 動圧に断面積をかけたものが力の次元を持つので、それに無次元量を かけたものが揚力や抵抗力になる。ここで現れる無次元量は抵抗係数や揚力係数 と呼ばれて、1とそれほど極端に異なった値を取らない。実際、迎え角を6°程 にして揚力を実験的に求めると

W=L=0.3 ρv^2 S

となる。ここで揚力Lと重量Wが釣りあっているとした。またWは質量mと重力加速度 gに対してW=mgという関係がある。

この簡単な式に理科年表あたりの数値をあてはめてみよう。例えばB747ジャンボ ジェットは翼面積が5x10^2 [m^2]で時速900km(=250m/s)で飛ぶ。上空は空気密度が 地表の1/4程度であり、ρ=0.3 kg/m^3程度である。g=10 [m/s^2]であるから ジャンボの質量はm=3x10^5 [kg]=300[t]となる。これは大体巡航中の質量に近い 値である。

飛行機等の業界では翼面荷重W/Sがよく用いられる。直ちに分かる事は翼面荷重は 速度の2乗に比例している事である。したがって翼面荷重を大きくするには速く 飛ぶ必要がある。翼面荷重は当然長さスケールに比例し、質量の1/3乗に比例 する。

W/S=c W^{1/3} , c=0.47

つまり質量は巡航速度の6乗に比例する。従って重い物体程速く飛ぶ必要 があると言い替えてもいい。この法則は飛行相関図として知られ、質量については 12桁、翼面荷重については4桁、巡航速度については2桁に渡って驚く程多くの 事例について当てはまる。例えばジャンボジェットから砂糖粒より軽いショウジョウ バエまでこの法則は有効である。

飛行相関図を見ると幾つかの傾向が見える。例えばB737は50[t]しかないが巡航速度をB747並 に保つために翼面荷重を大きめ(つまり翼を小さく)している。コンコルドは超音速 で飛ぶのであるから本来翼面荷重を非常に大きく取る必要がある。しかしながら むしろ標準よりやや小さめに取っている。これは設計上の矛盾を抱えているためで ある。翼を小さくすれば高速で飛べるが離着陸では他の飛行機並でないといけなく 翼を大きくする必要がある。或は法外の長い滑走路を使って最初から高速で離着陸 する事も考えられよう。もう一つの解決策は空軍の戦闘機や鳥に見られるように 可変翼にすることである。しかしながら翼を調節するにはおおがかりな仕組みが 必要であり、強度の上でも問題がある。従って民間機としてはこの方法は採算に 合わず、超音速旅客機の 普及の妨げになっている。しかしながら鳥は可変翼の機構を巧みに利用している。 その中でも最も有名なのは隼であろう。隼は普通に飛んでいるときは 秒速30m(108km/h)程 であるが獲物を捕らえるときは翼を折り畳み秒速80m程(288km/h)までになる。 従って一瞬の間に他の種の鳥等は捕獲されてしまう。

標準より際だって重量が大きい(或は翼面荷重が小さい) ものとしてプテラノドンや人力飛行機等が挙げられる。 プテラノドンは翼幅は左右合わせて7m程ある。体重は17kg程で比較的軽い (怪獣ラドンが数万トンもあるのはナンセンスである)。翼は飛膜が脚について いなかったのか足首までついているのかがはっきりしないが翼面荷重は数十 (本によって17から78まで分布)[Pa] であることは確かであろう。すると巡航速度は7-10m/sとなって逆風でも吹けば 進むこともままならないゆっくりしたスピードでしか飛べなかったことになる。 人力飛行機は自らの脚で 人間を運ばなければならないというその一点で相当な無理を最初から 背負っている。この無理を実現するために極端に大きな翼と超軽量な 機体が必要となる。そのために対気速度をぎりぎりまで遅くする必要があり、秒速 5m(時速18km)で飛ぶ。明らかに飛行相関図から見ると異端児である。


今まで説明していた飛行相関図では飛行機と鳥の類似性が強調されていた。また 昆虫も鳥と断絶することもなく飛行相関図中に分布している。一方で鳥や昆虫は 羽ばたきという動作を必要としており単なる滑空や後方へガスを噴射する反作用 で推進力を得る飛行機等とは大きな違いがある。 羽ばたきでどのように推力を得るのかは自明ではない。単純に水平に羽をうち降ろして 打ち上げても揚力を得ても推力を得るのはできないのではないかという疑問が浮かぶ であろうし、そもそもうち降ろしとうちあげで対称だから揚力すら得られないのでは ないかという疑問を持ち得る。

こうした疑問は頭の中であれこれ考えるからで実際の鳥の動きを詳細に観測すると そのかなりの部分は解決できる。鳥は実にうまく自然に適合し、羽ばたきによって 揚力と推進力を得ている事がわかるであろう。鳥が翼を上下に動かすとき、 (i)打ち下ろしでは翼をいっぱいに広げて、打ち上げでは翼を縮めること、 (ii) 打ち下ろしでは翼の前縁を下に向けるようにねじり、逆に打ち上げでは 前縁を上方に向けるようにねじる、事が観測されている。 この観測事実を乱暴にまとめてしまえば打ち下ろしの際に翼は斜め下を向いており、 反作用は推力と揚力の双方を持ち得るという事になる。また打ち上げの際の逆 推力や逆揚力は翼面積を小さくしたり、風切り羽を開いたりする ことで極力押えていることになる。 実際の推力は 飛行速度が打ち下ろしの速さより大きい場合には翼の 断面積と飛行速度、打ち下ろしの速さの積に比例すると言われる。また揚力と推力 の比は飛行速度と打ち下ろし速度の比に等しい。

次元解析レベルでもう少し議論をしてみよう。打ち下ろしによって下向きに与えられる 速さをv、翼を流れる空気の質量流量(単位時間に流れる質量)をqとしてみる。 qとvの積が揚力を与えて重量mgと釣り合っている。一方でqは b^2(翼幅b)という面積と空気の密度ρ、飛行速度Vに比例するであろう。 このことから打ち下ろしで空気に与える速さは

v=mg /(ρV b^2)

となる。或は質量mの鳥を浮かせるのに必要な仕事率は

P=m g v = (mg)^2/(ρV b^2)

となる。このPを誘導パワーと呼ぶ。誘導効力はこの誘導パワーを飛行速度で割った ものである。

D=(mg)^2/(ρ(V b)^2)

この式から飛行速度が大きい程誘導抵抗が小さい事が読み取れるだろう。 鳥に限らず経済的な飛行速度が相対的に高いのは誘導抵抗を減少させるため である。上の式をアスペクト比、即ち翼幅から決まる面積と実際の翼面積の比 A=b^2/Sを用いて整理しなおすと

D=(mg)^2/(ρV^2S A)

となる。既に述べた通りmg =0.3ρV^2 Sという関係があるのでD/(mg)=0.3/A という関係式を得る。従ってアスペクト比の大きい細長い翼は誘導抵抗を 小さくすることが出来る。

一方で摩擦抵抗、即ちニュートンの動圧から生じる抵抗は速度の2乗に比例して 増加する。従って誘導抵抗と摩擦抵抗の競合によって両者が等しいところで ある経済速度が選択される事になる。この経済速度は飛行相関図で見積もった 速度と大きな差はなく、多くの鳥では実際に飛ぶときに用いられている。

ハチドリの様に空中で進まずに浮いている鳥もいる(ホバーリング) 。昆虫ではこうした飛行形態は 頻繁に見られる。この場合は先に述べた誘導抵抗等の見積もりで飛行速度Vを 打ち下ろしに伴う空気の速度vに置き換える事で大雑把な計算が可能になる。 ここでは突っ込んだ議論はしないことにしよう。


昆虫等の飛翔ではスケールの違いが新たな難しさを生み出している。 一般に昆虫では翼のアスペクト比があまり大きくないので上で考えたような 見積もりでは充分な揚力を得る事ができない。その際に非定常的な渦の剥離に 伴う揚力の増大がWeis-Foghによって指摘されLighthill等によって数学的に 整備した研究が行われる様になった。日本でも河内流動プロジェクトが大がかり な計算と実験によって渦の剥離に伴う揚力の発生を明らかにしていった。 また羽ばたきによって揚力を得るために例えば蜻蛉では打ち上げの際にひねって 断面積を小さくする、とか蝶の場合は身体をひねって打ち上げ方向をずらして 揚力ロスを押える等の工夫があることを素人にも明らかにした。 このように多くの計算では3次元性を考慮しているが純粋に2次元だけで計算 して揚力と推力を得た例もあり、未だにこの問題については研究の余地がある 事を触れてこの話題を終えたい。