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  【ニュートリノ質量の起源】
 素粒子物理学にとって最大の謎は、クォークやレプトンなど物質場の質量の起源である。標準理論ではクォークやレプトンの質量は、弱電磁対称性の破れを引き起こすヒッグス粒子との湯川結合定数の強さによって決定される。標準理論をこえた更に大きな大統一理論が存在するなら、それはクォーク・レプトンを統一し、それらの質量はほぼ弱電磁対称性の破れのスケールと統一理論で関係づけられる湯川結合常数とで決定されることになる。
 一方、統一理論への試みは標準理論の確立とほぼ時を同じくして始まった。そしてまず、ゲージ相互作用を統一する$SU(5)$理論が登場し、統一スケールはほぼ$10^16$GeV という高いスケールになることはよく知られている。ここでは、もしニュートリノが左巻きしかない場合には、ニュートリノはこの同じヒッグス粒子からは質量を得ることはできず、質量はゼロにとどまるはずである。
 今回、大気ニュートリノの示唆した非常に小さいニュートリノ質量は、その背後に統一スケールに近いスケールがあることを示唆した。これに刺激されて世界中で多くの研究者が、標準理論をこえた統一理論の検討を始めている。こうして、低エネルギー側からのアプローチと高エネルギー側からのアプローチとが、1つの目標に向かって動き出す絶好のチャンスをニュートリノが与えたのである。
 本研究は、こうしたニュートリノの質量をめぐって、質量の起源にベースに多角的な研究をこころみ、ニュートリノが示唆する標準理論の枠を超えたヒントを探ることを目的とする。

(1)
新たな巨大スケール
の存在をめぐって
ニュートリノを伴う過程、弱い相互作用でのパリティ非保存の発見以来、左巻きニュートリノしか存在しないのではないかという固定観念が長い間素粒子研究者にあった。物質の基本をなすクォークやレプトンなどのフェルミオンの質量項(いわゆるDirac質量)は、スピン右巻きと左巻きのフェルミオンの存在下でする。もし、左巻きのニュートリノしか存在しなければ、標準理論の枠組みでクォークや荷電レプトン等に質量を与えた同じヒッグス粒子では、ニュートリノに質量を与えることは出来ない。左右非対称な物質場の存在と、ニュートリノに質量がないこととは、こうして標準理論の範囲では所与のことと思われてきた。もちろん、この電荷中性のニュートリノは例外的に左巻きもだけでも質量(Majorana 質量項)をもてることは、1960年以前から知られていたが、少なくともこれまではニュートリノ質量はあっても検出できないほど小さかった。この左巻きの小さなニュートリノ質量は、実は右巻きのニュートリノ質量がそれに応じてはるかに大きなスケールの質量を持つことを意味するのだという指摘をしたのが、柳田達である(シーソー機構;$左巻きニュートリノ質量=(標準模型のヒッグス粒子によるDirac質量)^2/右巻きニュートリノ質量$)実際、大気ニュートリノの質量から計算すると、このスケールは、およそ統一ゲージスケールに近いところまで達してしまう。このスケールでどういう物理の変更が予測されるのか、この検討が第1の課題である。
(2)
世代構造の
大幅な変更
次に注目すべきは、大気ニュートリノに見られる世代混合が許される最大に近い値になっていることである。この大きな混合角をが何を意味するかが今後の大きな課題である。統一理論では、ニュートリノの世代混合とクォークの世代混合とは関連づけられている。
一方、クォークの質量には顕著な階層構造と微小な質量混合が見られた。このことはレプトンサイドでは、従来の統一理論下での常識的な世代分類では収まらない、大幅な世代の再編成を要求している。クォークやレプトンの質量テキスチャーの見直しとその背後にある世代の物理的意味の評価検討を行うことが第2の課題である。
(3)
ニュートリノ質量の
及ぼす現象
更に、大気ニュートリノでほぼ確定されたニュートリノ質量と大きな混合角が、太陽ニュートリノの情報等も勘案して、現在ほぼ確立された標準理論にどういう影響を与えるか、またどういう新しい現象を予言するかも詳細に検討する必要がある。例えば、第3世代のbクォークと $\tau$レプトンの質量比が再現できることは、$SU(5)$超対称統一ゲージ理論の成功の1つとされてきた。しかし、(1)の示唆するスケールが殆ど統一スケールに近くないかぎりこの関係を壊す。こうした詳細な現象論的チェックを経て初めて新しい物理の存在を確認できる。
またさらに積極的に新しいニュートリノがもたらす現象も詳細に検討することが課題である。例えば、世代混合がレプトン側にもあれば、レプトンフレーバーを変える崩壊過程があり、本研究で計画されている$\mu $崩壊などの過程をふまえた現象論的なチェックと更に詳しい検討を行うことが第3のもう一つの課題である。
  (4)
左右対称性をもつ
大統一理論の検討
ニュートリノ質量の存在は、右巻きニュートリノの存在をく示唆し、(1)で述べた新しいスケールは、左右対称性の破れのスケールを意味している可能性が高い。そうすると、$SU(5)$よりは更に大きな$SO(10)$や$E_6$統一理論が有望となる。現在、左右対称な統一模型を含むさまざまな統一模型の提案がなされているが、この結論は、「大気ニュートリノの混合が$\nu_{\mu}$ か不活性ニュートリノか」、あるいは、宇宙のダークマター候補のニュートリノを考慮するかどうか、などc01の現象論的検討結果と緊密に連携しながらすすめることが重要である。
また、超対称性の破れのスケール、世代の起源のスケールなど、関連する物理と密接な連携をとりながら、リアルな統一理論構築を目指したい。本計画で得られるニュートリノ質量の情報を総動員しつつ、お互いの密接な連携をとりながら、正確な現実的な統一理論を構築することが第4の計画である。

 画期的な神岡での実験を通して我が国の素粒子論が世界をリードできるこの機会を逃がしすことなく、質の高い集中的な小人数の検討会を通じて、ニュートリノ振動が示唆する意味を質量行列のテキスチャー、レプトンフレイバー破れ、レプトン数の破れと宇宙論など多角的な視点から検討し、素粒子の統一理論を絞り込む作業を行う。

   ニュートリノ振動がほぼ確認された1997年から、我が国の理論研究者は我が国での先進的なスーパーカミオカの実験成果に刺激され、ニュートリノ研究に勢力を集中し始めているが、この中心的な組織化は我が国で1994年から始まった合宿型研究会「Summer Institute」であった。その中で1986年夏、基礎物理学研究所で開かれた[Summer Institute 97」での柳田氏によって報告されたスーパーカミオカのpreliminaryな実験結果の紹介は、参加した研究者に強いインパクトを与えた。これ以後、若い世代も含めてニュートリノ研究は、我が国の多くの研究者を取り込んで精力的に行われている。
 申請者はそれまで、フェルミオン質量の階層性、大統一理論の枠組みでのフェルミオンの質量の理解、世代の構造等の研究を主に行ってきたが、この日本での画期的なニュートリノ研究の成果に深い感動を覚え、自分自身でもいくつかの研究を進めるとともに、今までニュートリノ研究に携わった経験の深い実績のある研究者を組織し、共同研究を発展させる基盤作りにも貢献してきた。

科学研究費補助金[特定領域研究(A)]交付申請書より

  今年度も他の計画研究班と協力して、ニュートリノと統一理論を中心に研究会を組織し多くを学んだ。

1)
2001年度に引き続き、世界をリードしている日本で、集中的な小人数の検討会を通じて、多角的な視点から1994年から始まった合宿型研究会「Summer Institute」を他の計画研究班とご協力して企画した。Gerggetta, Kaplanの参加は新しい刺激となった。
2)
神岡宇宙線研究所で2日間(2001年9月5・6日)の研究会を開き、折も折、タンクの水の入れ替え時にタンクの内部の見学会をもった。これは新潟の谷本グループとの共同企画であった。この後、ニュートリノ実験施設で、注水中に光電子増倍管が連鎖的に破壊する事故が起き、これが最後のチャンスだったことを知った。理論サイドとしても残念の一言に尽きるが、太陽・大気ニュートリノ共に一定の結論がすでに出ていたことは、不幸中の幸いであった。
3)
事故後の困難な時期ではあったが、2001年12月4日から8日にNOONワークショップが開かれ、理論サイドも協力した。この際、招聘したニュートリノ理論研究者のうち、Bar氏は無理であったが、 Shafi やTavkiratze それに京都の研究会のみ参加のWang氏を囲む理論の研究会を京都大学基礎物理研究所でポストNOONとして行った。(2001年11・12・13日)

 今年度は、9月24日沖縄で行われた物理学会において、市民向け講演『ニュートリノってなに?』や11月3日に徳島大学で市民講演『ニュートリノがくれたヒント』など、一般向けの解説にもエネルギーを注いだ。研究では、統一模型の立場からこれを検討し、「ニュートリノ振動は統一理論に何をもたらすか」のテーマで一昨年まで連続的に行った研究会の成果がようやく出始めた。さらに、ニュートリノ模型を研究する多くの研究者との交流ができた(京大の九後・前川氏、新潟大学の中野・谷本氏はもちろん、お茶ノ水女子大学の菅野・Chou氏との交流は、新しい視点をもたらしてくれた。

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