素粒子論グループの皆様

素粒子メダル選考委員会委員長の諸井健夫氏より、
2025年度第25回素粒子メダルの選考結果が報告されましたので、転送いたします。

授賞式は秋の学会の素粒子論懇談会において行われます。
よろしくお願いいたします。

素粒子論委員会 素粒子メダル担当
濱口幸一


——————————————————————

素粒子メダル選考結果

選考委員会

諸井健夫(委員長)、鈴木博(副委員長)、青木慎也、石橋延幸、小林達夫、橋本幸士

選考経過

本年度は、素粒子メダルに4件の推薦がありました。ただしうち2件について、今回の選考に関しては選考対象となることを辞退される旨の連絡が被推薦者本人からあったため、残り2件を選考対象として選考を行いました。

それぞれの推薦について、主担当(1名)および副担当(2名)を決定し、それらの委員を中心に推薦業績の主要論文、関連論文などに目を通しました。その後、4月22日にオンラインで選考委員会を開催しました。そこでは、主・副担当から業績についての説明を行ったのち、全委員での意見交換と受賞者の決定を行いました。

その結果、委員の総意として、選考対象とした業績2件とも、素粒子メダルに相応しいとの結論に至りました。詳しい受賞理由については、下記をご覧ください。また、受賞者のうち渡辺悠樹氏は(過去の履歴も含めて)素粒子論グループ会員ではありませんが「選考委員会の判断により、共同研究者のうち存命中の方は共同受賞とすることができる」という規定に基づき、選考委員会として受賞者に含めるべきであると判断しました。(共同受賞可能な共同研究者には素粒子論グループ会員以外も含まれることについては、素粒子論委員会に、そのような解釈が自然であると確認いただきました。)

今回は、業績に対する評価が固まってから比較的時間が経過していない業績が授賞対象となっており、その点で「素粒子メダルのあり方に関するこれまでの議論」で議論された趣旨に沿ったものとなったと思います。今後も、発表時期にとらわれず、特に若手・中堅の研究者の方々の優れた研究業績の推薦・応募を歓迎したいと思います。

〈素粒子メダル〉

○ 日高義将氏・村山斉氏・渡辺悠樹氏

「南部-Goldstone定理の普遍的定式化」

[受賞理由]

H. Watanabe, H. Murayama, Phys. Rev. Lett. 108 251602 (2012)
Y. Hidaka, Phys. Rev. Lett. 110 091601 (2013)

日高氏および渡辺氏・村山氏は、それぞれ独立した論文において、南部–Goldstoneの定理の普遍的定式化を成し遂げた。対称性およびその自発的破れは、物理学のさまざまな分野において極めて重要な概念である。特に相対論的場の理論では、連続的対称性の自発的破れにより、破れた対称性の数だけ質量ゼロのモード(南部–Goldstoneボソン)が現れることが知られており、この現象は南部–Goldstoneの定理として体系化されている。しかし、対称性の自発的破れは、ローレンツ不変性を持たない非相対論的系においても広く見られる。このような系では、南部–Goldstoneボソンの性質が系ごとに異なり、個別に研究されてきた。近年、これらの現象を統一的に理解する試みが進められる中で、ローレンツ不変性のない系における南部–Goldstoneモードの一般的理論を提示したのが、渡辺氏・村山氏、および日高氏による独立した研究である。両者の研究は、以下のような重要な結論を導いた。まず、破れた対称性に対応する生成子の交換関係の真空期待値に基づき、生成子を可換なものと非可換な組に分類する。そして、出現する南部–Goldstoneボソンの数は、可換な生成子の数と非可換な組の数の和になることを示した。さらに、分散関係に関しては、可換な生成子に対応するモードが線形分散、非可換な組に対応するモードが二次分散となることを明らかにした。これらの成果を、渡辺氏・村山氏は量子場理論における有効ラグランジアンの方法、日高氏はMori射影演算子法という、それぞれ異なる手法を用いて導いた。このように異なる理論的アプローチにより南部–Goldstone定理の普遍的定式化に貢献した両者の研究は極めて高く評価されるべきものであり、素粒子メダルにふさわしい業績であると選考委員会は判断した。

○ 北野龍一郎氏・小池正史氏・岡田安弘氏

「原子核中でのμ粒子–電子変換確率の高精度計算」

[受賞理由]

R. Kitano, M. Koike, Y. Okada, Phys. Rev. D 66, 096002 (2002).

北野氏・小池氏・岡田氏は、原子核中でミュー粒子が電子に変換する過程に着目し、その変換確率の評価に必要となる行列要素を高い精度で計算することに成功した。荷電レプトンフレーバーの保存則は素粒子標準模型の枠内では成立しており、これを破るような過程は起こらないが、標準模型を超えるさまざまな理論においては可能となる。そのため、こうした過程の探索は、標準模型を超える新しい物理を検証する手法として、論文発表以前から現在に至るまで重要視され、多くの実験が提案・実施されてきた。北野氏・小池氏・岡田氏のグループは、当時得られていた原子核構造に関する知見および理論的手法を用いて、原子核中でのミュー粒子から電子への変換過程の行列要素を精度高く導出した。さらに、さまざまな原子核についてミュー粒子–電子変換率を評価し、原子番号が30から60程度の原子核で変換率が高くなることを示した。これにより、原子核中での変換率の見積もりに信頼性を与え、同過程を探索する実験の設計・解析において有用な指針を提供した。本研究成果は発表から20年以上経った現在でも高く評価されており、荷電レプトンフレーバー非保存過程の研究における重要な基盤として位置づけられている。この分野は今後も標準模型を超える物理の探査手段として重要であり、本業績はその中でもマイルストーンといえるもので、素粒子メダルにふさわしいと選考委員会は判断した。

--------------------------------------------