Date: Wed, 21 Feb 2001 14:07:28 +0900
Subject: [sg-l 983] 素粒子メダル

素粒子論グループの皆様            2001年2月21日

皆様ご承知のように本年度から素粒子論グループ独自の賞
として素粒子メダルおよび素粒子メダル功労賞が創設され
ました。昨年10月の選挙で選出された6名の選考委員により
構成された選考委員会にて慎重審議の結果、下記に添付した
報告書の通り第1回の受賞者が決定しましたのでお知らせ致
します。なお、授賞式は春の学会における素粒子論懇談会に
おいてとり行う予定です。

米谷民明

(2000年度賞WGメンバー: 三田一郎、東島清、山口昌弘、米谷民明)


%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% 報告書%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%

2000年度素粒子メダルおよび素粒子メダル功労賞選考報告書

素粒子論委員会賞ワーキンググループ委員長
米谷民明殿

2000年度の素粒子メダルおよび同功労賞の選考が以下のように
終了いたしましたので、ご報告申し上げます。

2001年2月15日


2000年度素粒子メダル選考委員会
藤川和男(委員長)、江口 徹、川合 光、 九後汰一郎
小林 誠、柳田 勉


%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%

2000年度素粒子メダル受賞者:

猪木慶治・松田 哲:有限和則の発見

2000年度素粒子メダル功労賞受賞者:

中村誠太郎:素粒子奨学会を創設し若手研究者の育成に貢献


選考経過:

1.2000年12月11日受賞候補者推薦締め切り
 素粒子メダル3件、素粒子メダル功労賞1件の推薦を受け付けた

2.選考委員全員が素粒子メダル推薦業績の原論文を閲読し、それぞれに
関して約100字以内の要約を作成した

3.以下の選考基準に基づき、素粒子メダルに該当するか否かに関して
上記の要約を添付した記名投票(裏面に署名)を郵送でおこなった。
選考基準:
素粒子メダル設立趣意書に記された

3-a.顕著な業績であるが、他の賞等で顕彰される機会を逸した先輩たちの
論文

という精神を十分配慮したうえで、

3-b.世界的な視野で見て、独創性において傑出した業績であること
3-c.その後の素粒子論の発展において当該論文(あるいは、埋もれた
業績の場合は後発する類似の研究)が大きな影響を与えたものであること
3-d.日本国内で類似のテーマに関して同時期あるいはそれ以前になされた
研究がある場合には、当該研究のみに賞を出す理由が明らかなこと

を基準とした。

4.素粒子メダルの設立の精神に基づき(また第一回であることも考え)、
議論の余地のない全員一致の業績のみを採用することを前もって申し合
わせた。開票は、賞ワーキンググループ委員長の米谷民明氏に依頼し、
結果として猪木慶治・松田哲両氏の業績が全選考委員一致で選ばれた。

5.素粒子メダル功労賞は、推薦書類を参考に同様な投票を行い、
中村誠太郎氏を全選考委員一致で推挙することを決めた。


業績の説明:

素粒子メダル:
猪木慶治・松田 哲:有限和則の発見

1967年に猪木・松田両氏は、強い相互作用のS-行列理論において、次の
ような注目すべき性質を発見した。強い相互作用においては、例えば、
π-p散乱では、s-チャンネルの視点から見た場合には数多くの
共鳴状態(核子の励起状態)が現われる。他方、散乱振幅の解析性
およびLegendre展開に基づく分析(Regge理論)では、散乱振幅は
エネルギーが大きくなるにつれて、エネルギーに関して滑らかな
いわゆるRegge的な振る舞いをすることが知られていた。これは、t-
チャンネルの視点からはρ中間子の交換として理解される。
猪木・松田両氏が有限和則を提案して示したのは、散乱振幅の
s-チャンネルにおける共鳴的な振る舞いをエネルギーに関して平均
したものは、滑らかなRegge的な振る舞いと非常にいい精度で一致する
という事実であった。ここで現われたs-t両チャンネルの同等性という
概念は、後にC.Schmidt等によりs-t双対性として定式化され、
この双対性を満たす具体的な散乱振幅として、G.Venezianoおよび
鈴木眞彦氏によりいわゆるVeneziano模型が提案された。
さらに、このVeneziano模型の背後にある自由度として、南部、Susskind、
後藤氏等によるハドロンの弦模型が提案された。
この弦理論的な描像は現在の素粒子の弦理論の源流となっており、
猪木・松田両氏の研究は素粒子理論の発展に極めて大きな影響を
与えることになった業績である。また実験事実の分析から基礎的な
法則性を帰納するという実験科学としての物理学の真髄を表す業績でもある。

参考文献:
K.Igi and S. Matsuda, Phys. Rev. Lett.18(1967)625.



素粒子メダル功労賞:
中村誠太郎:素粒子奨学会を創設し若手研究者の育成に貢献

中村誠太郎先生は、1973年に読売湯川奨学基金を発展させて素粒子
奨学会を設立された。この奨学会の目的は、広い意味での素粒子論、
すなわち素粒子理論、原子核理論、宇宙論分野における若手研究者に
奨学金を出して、将来の日本のこれらの分野における中堅あるいは
指導的な研究者の養成を目指したものである。この奨学金の原資は
全て中村先生が会社等を回って集められた浄財によるものであった。
これまでに、総計143名にのぼる若手研究者に奨学金が支給され、既に
わが国のこれらの分野における指導者となっている元奨学生も数多く
いる。今年度も原子核理論、宇宙線、宇宙物理の研究者1名を公募した。
このように、わが国の若手研究者養成の制度が整っていなかった時代に
若い研究者を激励し支持してこられた功績は計り知れない。
最近は学術振興会等の奨学金が整備されてきたが、まだ系統的な
研究者の養成と言う意味では、わが国の体制は十分とは言えない。
このような現状にも鑑み、これまでの中村先生の私益を無視した
献身的な若手研究者に対する励ましは、学問を志す者全てにとって
忘れることのできないものであり、ここに第一回素粒子メダル功労賞
をお送りしその功績をたたえることは極めて時宜を得たものである。

なお、中村先生の熱意に共鳴し、素粒子奨学会の事務局長としての
役割を長年にわたり務められた小沼通二先生および河原林研
先生の貢献もまことに大きなものであったことをここに記す次第で
ある。

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