受賞者は野下剛氏、濱田佑氏、藤原素子氏の3氏です
受賞者:野下剛(東京大学大学院理学研究科)
対象業績:無限次元量子代数を用いた超対称ゲージ理論・超弦理論の数理的研究
対象論文:
[1] "A Note on Quiver Quantum Toroidal Algebra"
Go Noshita and Akimi Watanabe, JHEP 05 (2022) 011
[2] "5d AGT correspondence of supergroup gauge theories from quantum toroidal gl1"
Go Noshita, JHEP 12 (2022) 157
[3] "Gauge origami and quiver W-algebras"
Taro Kimura and Go Noshita, JHEP 05 (2024) 208
受賞理由:
野下氏は超対称ゲージ理論や超弦理論に関連した数理物理の分野で非常に精力的に研究を進めている若手研究者である。
対象論文[1]は渡辺彬生氏との共著で、2020年に Li-Yamazaki によって提唱された quiver Yangian と呼ばれる無限次元代数の q-変形版である quiver quantum toroidal algebra なる代数を構成した。これは toric Calabi-Yau 多様体上の弦理論における BPS 状態の数え上げの問題に付随して現れる代数で、q-変形することで新たな中心電荷が生じるなど、より豊かな数学的な構造を持つことが議論されている。
対象論文[2]は野下氏の単著で、5次元の超対称ゲージ理論のインスタントン分配関数と2次元の共形場理論の共形ブロックのq変形の間の対応関係である 5d AGT 対応を、ゲージ群が supergroup であるような quiver ゲージ理論の場合へ拡張した研究である。Supergroup gauge theory は通常の場の理論におけるスピンと統計性の関係やエネルギーの正値性を破るため、物理的な意味は曖昧であるが、数学的には AGT 対応の新たな拡張の方向として興味深い。野下氏はこの拡張を quantum toroidal algebra の負レベルの表現を用いることによって実現した。
対象論文[3]は木村太郎氏との共著で、"ゲージ折り紙" と呼ばれる D2/D4/D6/D8-brane が交叉した系から構成されるゲージ理論の分配関数を頂点作用素代数を用いて系統的に与える方法を開発した。彼らは D2/D4/D6/D8 のそれぞれに対応する生成消滅演算子を頂点作用素を用いて構成し、その相関函数によってこの系の分配函数が得られることを示した。
ここで挙げた3つの論文はいずれも大作であり、興味深い研究対象を次々と開拓しつつ、堅実で質の高い成果を挙げている。このことから、野下氏は日本物理学会若手奨励賞に相応しいと判断した。
受賞者:濱田 佑 (ドイツ電子シンクロトロン (DESY) )
対象業績:拡張ヒッグス模型における新しいトポロジカルソリトンの研究
対象論文:
[1] "Topological Nambu monopole in two Higgs doublet models,”
M. Eto, Y. Hamada, M. Kurachi, and M. Nitta,
Phys. Lett. B 802 (2020) 135220
[2] “ Topological structure of a Nambu monopole in two-Higgs-doublet models: Fiber bundle, Dirac’s quantization, and a dyon ,”
M. Eto, Y. Hamada, and M. Nitta,
Phys. Rev. D 102 (2020) 10, 105018
[3] “Electroweak axion string and superconductivity,”
Y. Abe, Y. Hamada, and K. Yoshioka,
JHEP 06 (2021) 172
受賞理由:
標準模型のヒッグスセクターを拡張する拡張ヒッグス模型は、新物理の模型として広く議論されている。その検証方法としては、新しいスカラー粒子の直接探索やヒッグス粒子の結合定数の精密測定などが考えられるが、濱田氏は別のアプローチとして非摂動的な側面に着目し、トポロジカルソリトンについて研究を進めてきた。
対象論文[1, 2]では、ヒッグス二重項を2つ含むtwo Higgs doublet modelにおけるトポロジカルソリトンが議論されている。対象論文[1]では、ヒッグスポテンシャルに大域的な U(1) 対称性とZ2離散対称性を課すことでトポロジカルに安定な南部モノポールが存在することを明らかにした。対象論文[2]では、トポロジカル構造の特徴をさらに詳細に調べ、モノポールのまわりで電磁ベクトルポテンシャルが非自明なバンドル構造を持つことを見い出し、対象論文[1]で発見したモノポール解が磁気モノポールであることを示した。対象論文[3]は、強いCP問題を解く代表的なアクシオン模型の1つであるDFSZアクシオン模型における研究である。この模型では、アクシオンストリングと呼ばれるトポロジカルソリトンの存在が知られているが、対象論文[3]では、電弱対称性が破れた相にも渦糸解が存在することを示し、さらにそのうちの1つが超伝導ストリングとなっていることを明らかにした。
これらの対象論文は、非常によく知られた拡張ヒッグス模型において新たな位相欠陥解を発見したものであり、独創的で重要な結果をもたらしたものとして高く評価できる。一連の仕事において、濱田氏は中心的な役割を果たしており、若手奨励賞にふさわしいと判断した。
受賞者:藤原 素子(ミュンヘン工科大学)
対象業績:中性子星の温度観測による暗黒物質探索の研究
対象論文:
[1] "Capture of electroweak multiplet dark matter in neutron stars,”
Motoko Fujiwara, Koichi Hamaguchi, Natsumi Nagata, Jiaming Zheng,
Phys.Rev.D 106 (2022) 5, 055031. [arXiv:2204.02238]
[2] "Vortex Creep Heating in Neutron Stars,”
Motoko Fujiwara, Koichi Hamaguchi, Natsumi Nagata, Maura E. Ramirez-Quezada,
JCAP 03 (2024), 051. [arXiv:2308.16066]
[3] "Vortex creep heating vs. dark matter heating in neutron stars,”
Motoko Fujiwara, Koichi Hamaguchi, Natsumi Nagata, Maura E. Ramirez-Quezada,
Phys. Lett. 848 (2024) 138341. [arXiv:2309.02633]
受賞理由:
近年、標準模型を超える物理を探索する手段の一つとして中性子星の温度観測が注目を集めている。その一つが暗黒物質による中性子星の加熱である。中性子星近傍の暗黒物質が中性子星に衝突・散乱すると、運動エネルギーを失って中性子星の重力ポテンシャルに捕らえられる。この際の衝突エネルギーやその後の中性子星内部での暗黒物質どうしの対消滅は中性子星の新たな加熱源としてはたらき、中性子星の表面温度を上昇させる。したがって中性子星の表面温度の観測により、暗黒物質の兆候を得たり暗黒物質模型に対して制限を与えたりできる可能性がある。
対象論文[1]では、暗黒物質の代表格である「電弱多重項WIMP暗黒物質」に関して中性子星への捕獲を系統的に調べ、特に非弾性散乱の重要な役割を明らかにし、地上実験による暗黒物質の直接探索と中性子星表面温度観測による暗黒物質探索が相補的を果たすことを明らかにした。
対象論文[2,3]は、それまでの関連先行研究では無視されていた中性子星自身による内部加熱機構(渦糸加熱)に着目した研究である。論文[2]では渦糸加熱の予言と「古くて暖かい孤立中性子星」の観測結果を比較することによって、渦糸加熱が古くて暖かい孤立中性子星の観測結果の多くを説明し得ることを明らかにした。論文[3]では暗黒物質による加熱と渦糸加熱を同時に取り入れた初めての研究である。渦糸加熱が古くて暖かい孤立中性子星の主な加熱源である場合、その加熱効果が暗黒物質の加熱効果を凌駕し、暗黒物質探索の深刻な背景事象となると帰結した。
一連の研究は中性子星の温度観測から暗黒物質探索を行う可能性について定量的に真摯に議論したものであり、重要な業績であると考えられる。その中で藤原氏が果たした役割は大きく、若手奨励賞の受賞者としてふさわしいと判断した。