2022年日本物理学会理論核物理領域:若手奨励賞(第23回核理論新人論文賞)受賞者(所属は当時のもの)


受賞者:福井徳朗 (理化学研究所仁科加速器科学研究センター) 著者:T. Fukui (対象者), L. De Angelis, Y. Z. Ma, L. Coraggio, A. Gargano, N. Itaco, and F. R. Xu 発行雑誌:Physical Review C 98, 044305 (2018) 論文題目:Realistic shell-model calculations for p-shell nuclei including contributions of a chiral three-body force 研究題目:「3体力の適正な取扱いに基づく第一原理殻模型計算の発展」 英文題目:''Development of first-principles shell-model calculations via proper treatment of three-body force'' 授賞理由:  核子-核子散乱を再現する精密な核力ポテンシャルに基づいて核構造を理解することは、 原子核理論の長年に亘る重要課題である。特に近年は、カイラル有効場理論によって導出 した核力を用い第一原理核構造計算を行うことに多くの研究グループが取り組んでおり、 世界的潮流となっている。核構造に対し3体力の影響が無視できないことが明らかになる 中で、カイラル有効場理論は2体力と整合性の高い3体力を与えるという利点を持つ。  福井氏が当時属していた研究グループは、カイラル有効場理論による核力から殻模型の 模型空間での有効ハミルトニアンを求める多体摂動論の枠組みを整備し、その応用を進め てきた。軽い核ではNo-Core殻模型が第一原理計算の手法の1つとして確立しているが、 中質量以上の核には適用困難であり、彼らのアプローチはそれを克服する可能性を持つ。  福井氏の業績は、当該グループの中で、3体力の取扱いに関する方法論を発展させ、 3体力の効果を取り込んだ有効相互作用の計算を可能にしたことである。本論文で、 福井氏はそれまで容易でなかった3体力の取扱いを刷新し、信頼性ある評価を可能にした。 さらに、求めた有効相互作用を用いて軽い核の励起スペクトルを計算し、No-Core殻模型 の結果および実験データと比較することで、十分な精度を簡便に得られることを示した。 福井氏が発展させた方法は、その後Ca同位体にまで至る広い質量領域の原子核に適用され、 一定の成功を収めている。このように、本論文の成果は中質量核以上での第一原理殻模型 計算の道を切り開いていく基礎となった。  以上のことから、本論文は日本物理学会若手奨励賞に相応しいと判断する。
受賞者:藤本悠輝 (東京大学理学系研究科物理学専攻) 著者:Yuki Fujimoto (対象者), Kenji Fukushima, Koichi Murase 発行雑誌:Physical Review D 98, 023019 (2018) 論文題目:Methodology study of machine learning for the neutron star equation of state 著者:Yuki Fujimoto (対象者), Kenji Fukushima, Koichi Murase 発行雑誌:Physical Review D 101, 054016 (2020) 論文題目:Mapping neutron star data to the equation of state using the deep neural network 著者:Yuki Fujimoto (対象者), Kenji Fukushima, Koichi Murase 発行雑誌:Journal of High Energy Physics 2021, 273 (2021) 論文題目:Extensive studies of the neutron star equation of state from the deep learning inference with the observational data augmentation 研究題目:「深層学習を用いた中性子星物質の状態方程式の決定」 英文題目:''Mapping neutron star data to the equation of state using the deep neural network'' 授賞理由:  核物質の状態方程式は、中性子星の構造を決定づける最も基本的な物理量である。 特に実験でアクセスできない高バリオン密度領域における核物質の状態方程式や、 中性子のみからなる物質及び電子、ハイペロンも含めた中性子星物質の状態方程式を 決定することは、原子核物理学及びハドロン物理学の最も重要な課題の一つである。 逆に、中性子星の状態方程式を精度よく決めることができれば、それが原子核物理学や ハドロン物理学のモデルに強い制限を与えることができる。  本論文で藤本氏は、多層ニューラルネットワークによる機械学習、いわゆる深層学習を 用いて、中性子星の観測データから中性子星物質の状態方程式を直接導出する手法を開発 した。このようなアプローチは、ベイズ統計に基づく方法と相補的であり、格子QCDなどの 第一原理計算が困難で模型依存性が大きい場合にも有効な手法となることが期待される。 そのようにして得られた状態方程式は、従来の原子核モデルに基づくものやベイズ統計に よるものと矛盾がないことが示された。また、状態方程式から計算された中性子星の 潮汐変形率(tidal deformability)が連星中性子星合体による重力波の観測から 得られた値と矛盾しないということや、エネルギー密度がそれほど大きくない領域で 弱い一次相転移が存在する可能性がある、といった興味深い結果も議論されている。 さらに、学習過程におけるインプットにノイズを加えてデータ数を増大させるデータ 増大法(data augmentation)により過学習を抑制できるということも、中性子星物質の 状態方程式との関連から確認された。このように、本論文で開発された手法は高バリオン 密度領域を含む核物質の状態方程式の研究において先駆的かつ独自的なものであり、 今後の中性子星の物理の発展に大きく貢献することが期待される。  以上のことから、本論文は日本物理学会若手奨励賞に相応しいと判断する。
受賞者:村瀬功一 (京都大学基礎物理学研究所) 著者:Koichi Murase (対象者) 発行雑誌:Annals of Physics 411, 167969 (2019) 論文題目:Causal hydrodynamic fluctuations in non-static and inhomogeneous backgrounds 研究題目:「非一様・非定常背景の下での因果律を満たす流体力学的ゆらぎ」 英文題目:''Causal hydrodynamic fluctuations in non-static and inhomogeneous backgrounds'' 授賞理由:  相対論的流体模型は、高エネルギー重イオン衝突実験において、観測されるハドロン 分布から、生成されたQGPの物性情報を引き出す上で必要不可欠なものになっている。 このQGPの物性情報の定量的決定や臨界点の探索には、熱揺らぎの効果が重要になり、 理論的に基礎づけられた揺らぎを含む相対論的流体模型の構成は、QGPの物理を正しく 引き出すうえで重要となる。  本論文では、因果律と整合性のある揺らぎを含む流体模型の構成に関する理論的基礎付け をおこなっている。時間と空間が明確に分離している非相対論系と異なり相対論においては、 局所座標系の時間の向きを表す時間ベクトルとそれに直交する空間を適切に設定し、 その時間ベクトルに沿った座標系における散逸を考える必要がある。特に因果律を満たす 流体方程式では、揺らぎの相関関数が時間に依存するため時間ベクトルの選び方が重要になる。 この問題に対して、時間ベクトルを流速方向にとり、それと直交する流跡線射影演算子 (Pathline projectors)を新たに導入した。これを用いて、相対論的流体に対する構成 方程式の微分形と積分形を計算し、さらに因果律とノイズ相関スペクトルの正定値性を 考慮することで、因果律を満たす2次の流体方程式における散逸カレントの確率微分 方程式とノイズ相関が満たすべき関係式を導出している。特に、非一様・非定常な温度や 流速がある場合に、ノイズ相関が満たすべき関係式に関して、これまで見落とされていた 新しい補正項を発見している。  相対論的流体模型は、活動銀河核ジェットやガンマ線バーストの解析などにも用いられ、 因果律を満たす揺らぎを含む流体模型の応用範囲は広く、波及効果も期待できる。 本論文で得られた結果は、揺動散逸関係、因果律及びノイズスペクトルの正定値性という 理論が満たすべき要請から導出されているため一般的であり、揺らぎを含む相対論的流体の 理論に関して着実な進展を与えるものである。  以上のことから、本論文は、日本物理学会若手奨励賞に相応しいと判断する。
受賞者の方には、2022年3月の学会年会において若手奨励賞受賞記念講演を行なっていただく予定です。 (核理論委員長 木村 真明、担当幹事 平野 哲文)
核理論委員会(2021年10月20日)