2023年日本物理学会理論核物理領域:若手奨励賞(第24回核理論新人論文賞)受賞者(所属は当時のもの)

受賞者:神谷有輝 (Helmholtz-Institut für Strahlen- und Kernphysik and Bethe Center for Theoretical Physics, Universität Bonn)

著者:Yuki Kamiya (対象者), Tetsuo Hyodo, Kenji Morita, Akira Ohnishi, and Wolfram Weise
発行雑誌:Physical Review Letters 124, 132501 (2020).
論文題目:Kp Correlation Function from High-Energy Nuclear Collisions and Chiral SU(3) Dynamics

研究題目:「カイラルSU(3)動力学に基づく高エネルギー原子核衝突におけるK中間子核子相関関数」
英文題目:''Kp correlation function from high-energy nuclear collisions and chiral SU(3) dynamics''

授賞理由:
 反K 中間子(K )と核子(N )の低エネルギー相互作用は、Λ(1405)共鳴状態やK 中間子少数核多体系の構造を理解する上で重要である。しきい値でのKp 相互作用はK 中間子原子スペクトルから知ることができるが、100 MeV/cより低い運動量の散乱実験データはほとんど存在せず、理論模型に不定性が残る。近年、低エネルギーのハドロン間相互作用に制限を付けられる観測量として、高エネルギー原子核衝突から放出されるハドロン対の相関関数が注目されている。
 本論文では、カイラル動力学に基づく現実的なポテンシャルを用いたチャンネル結合法により、Kp 対の相関関数を理論的に計算した。特に、関連する結合チャンネル、KpK0n のしきい値の差、クーロン相互作用を相関関数の計算に取り入れその重要性を示したことは先駆的であり、相関関数を解析する際の標準的な方法となりつつある。この計算により、ハドロン放出源の大きさと結合チャンネルの重みを適切に調節すれば、陽子陽子衝突実験から引き出されたKp 相関関数を再現できることが示され、カイラル動力学によるチャンネル結合ポテンシャルの有効性がより強固になった。また、原子核衝突などのよりサイズの大きい系におけるKp 相関関数の予言も行っており、異なる放出源の大きさの相関関数を調べることでKN 相互作用をより強く制限できることを指摘した。このように、本研究は、高エネルギー原子核衝突から放出されるハドロン対の相関関数を用いて、低エネルギー相互作用を定量的に議論することが可能であることを示すもので、分野の発展に大いに寄与するものである。神谷氏は、同様の手法によりΛΛDD* およびDD* の相関関数についての計算も行い学術論文として出版しており、氏が本研究で中心的な役割を担ったことが充分に示されている。
 以上のことから、本論文は、日本物理学会若手奨励賞に相応しいと判断する。

受賞者:吉田数貴 (日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター)

著者:Kazuki Yoshida (対象者) and Junki Tanaka
発行雑誌:Physical Review C 106, 014621 (2022).
論文題目:α knockout reaction as a new probe for α formation in α-decay nuclei

研究題目:「アルファ粒子ノックアウト反応による核内アルファ粒子析出確率の研究」
英文題目:''Alpha clustering in atomic nuclei probed by alpha knockout reactions''

授賞理由:
 原子核の表面に存在するとされるクラスター構造を探る手段として、アルファ粒子ノックアウト反応が近年注目を集めている。これは、比較的高いエネルギーの陽子を原子核に入射させ、核内のアルファ粒子を叩き出す反応である。吉田氏は、吉田氏自身の先行研究において、アルファ粒子ノックアウト反応に対する反応理論を整備し、それを基に20Ne核及びスズのアイソトープに対するアルファ粒子ノックアウト反応の解析を行ってきた。これにより、アルファ粒子ノックアウト反応の反応機構が解明されるとともに、20Ne核のように質の良い波動関数を得ることができれば定量的にノックアウト反応の実験データを再現できることが示された。
 この背景のもと、吉田氏は本論文で、ノックアウト反応の理論をアルファ崩壊に対して不安定な重い原子核である210Po、212Poに適用し、アルファ崩壊で重要となるアルファ粒子析出確率をアルファ粒子ノックアウト反応を用いて決定することを提案した。アルファ粒子析出確率は、多体系の複雑なダイナミックスが関与するために、特に重い核において信頼できる微視的計算はまだ存在しておらず、アルファ粒子ノックアウト反応を用いてこの確率を決めることは将来有用な手段となることが期待できる。本論文は吉田氏と若手の実験研究者の共同研究として発表されたものであり、その実験計画の立案に大きく貢献した。アルファ粒子ノックアウト反応の実験的研究が、我が国を中心として今後精力的に行われる見込みであり、本論文を含む吉田氏のこれまでの研究が実験データを解析する上での基礎となることが見込まれる。更に、本論文で開発された手法は、ニホニウムなどの超重元素でも重要となる重い核のアルファ崩壊、あるいは、より一般的に量子多体系の量子トンネル崩壊のダイナミックスの解明に、今後大きな進展を与えるものである。
 以上のことから、本論文は日本物理学会若手奨励賞に相応しいと判断する。

受賞者の方には、2023年3月の学会において若手奨励賞受賞記念講演を行なっていただく予定です。

(核理論委員長 慈道 大介、担当幹事 日高 義将)

核理論委員会(2022年10月15日)