第2回(2007年度)素粒子メダル奨励賞選考結果報告書:

第2回素粒子メダル奨励賞の受賞論文・受賞者(3件、6名)が以下のように決まりま
したので報告いたします。

                 2007年度素粒子メダル奨励賞選考委員会
                 糸山浩司(委員長)、加藤光裕、北澤良久、
                 坂井典佑、岡田安弘、林青司(副委員長)


受賞論文、受賞者氏名及び受賞理由:

1)"Recombination of Intersecting D-branes by Local Tachyon Condensation"
   Journal of High Energy Physics 0306(2003) 034.
  橋本幸士、長岡悟史

本論文は、Dブレーンの交差プロセスの研究に関するものであり、交差角が小さい場合
Dブレーンの低エネルギー有効作用であるゲージ理論を用いてこの問題を解析できるこ
とを指摘した。結論としてDブレーンの交点に局在したタキオンモードの凝縮によって
交差Dブレーンの組み替えが起こることを示した。Dブレーンの交差は、素粒子の標準
模型・インフレーション宇宙を構築する現象論的観点はもとより、タキオン凝縮による
ブレーンの消滅およびマトリックスストリング理論における弦の相互作用など物理的に
興味深い多くの課題と関連している。本論文はこの課題に対して、小交差角という制限
内ではあるが、Dブレーンの組み替えプロセスの解析的記述に対して明快な解答を与え
ており、長岡・橋本両氏の慧眼が引き出した明快な結論は本分野の研究者に広く知られ
ている。

2)"N=4 SYM on R × S3 and PP-Wave"
   Journal of High Energy Physics 0211 (2002) 043.
    奥山和美

奥山氏の論文は、Berenstein-Maldacena-Nastaseの論文が現れ、pp-wave極限では、
AdS/CFT対応が弦理論レベルで検証できるのではないかという気運が高まった2002年に
書かれた。pp-wave背景上の弦理論と super Yang-Mills (SYM)理論の対応関係をより
明確にしようとする初期の試みのひとつと位置づけられるものである。本論文では、
global AdS 上の type IIB string と双対と考えられる R×S3上の N=4 SYM 理論を、
動径量子化し、superconformal generator を構成した上で、S3の Kaluza-Klein 縮約
をとることで、pp-wave極限での双対理論と目される行列量子力学に対してどのように
対称性が移行するかを明らかにした。特筆すべき非自明な点は、R×S3 上では 通常の 
Killing spinor の代わりにconformal Killing spinor が存在し、そのため曲がった
背景上でありながら、N=4の超対称性が実現されることである。氏はこの点に着目し、
Nicolai-Sezgin-Tanii(1988)の方法を一般化することで、R×S3上の U(N) SYMの 
superconformal generatorの構成に成功した。その後、この分野は大きく発展したが、
本論文で構成された行列模型は、1/2 BPSセクターのfermion による記述への応用や 
pp-wave行列模型との関連など、その進展に役割を果たした。



3)“Relic abundance of dark matter in the minimal universal extra dimension model”
  Physical Review D74, 023504 (2006)
   柿崎充、松本重貴、瀬波大土 

本論文は、高次元時空に基づく標準模型を越える理論として近年活発に議論されている
universal extra dimension model における暗黒物質の残存量を求め、コンパクト化の
半径等に有意な制限を与えたものである。universal extra dimension model は、標準
模型の全ての粒子が高次元空間を伝播する、とする模型で、MSSM のR-parity に依るも
のと似た選択則が働き、Kaluza-Klein モードn=1 の粒子がWIMPとしての暗黒物質の候
補となる。この模型の特徴として、余剰次元方向の運動量保存の帰結として多くのn=1
の粒子の対消滅過程が同時に寄与し、又S チャンネルでのn=2 の粒子による共鳴過程も
本質的に重要となる。著者はこうした過程の重要性を指摘し、これらの効果を全て取り
入れた包括的計算によって暗黒物質の残存量を求め、WMAP のデータを用いて、コンパ
クト化の半径の許される領域をヒッグス質量に依存した形で有意に制限した。加速器
実験から期待されるものとは独立に宇宙論的見地から高次元理論に制限を与え、また
高次元理論における暗黒物質の解析に大きく寄与したものとして評価できる。

総評: 
今回は総計10件の応募があり、うち1件が他薦残り9件が自薦でした。若い人たちの
この賞に対する期待が強く感じられるものでした。選考過程としては、提出された書類
に基づき、まず全委員が10件の全ての論文に対する評価を行い、その結果を集計しまし
た。集計の結果に基づき、今回は委員による懇談会を経てさらに意見の交換を行い、
上記の3件を素粒子論委員会に推薦することに全委員一致で決定しました。これら3件は
いずれも多少の難点は見受けられるものの、当該分野に於いてその発展への寄与が検証
できる論文であり、情熱あふれる力作であるとの評価を得ました。また前年度選考
(藤川和男委員長)における判断基準に鑑みても、(橋本幸士氏の前年度に引き続く
受賞を含む)3件受賞は妥当であるとの結論に達しました。一方、素粒子論全領域に
おいて本奨励賞の選考対象となる研究はまだまだ沢山あると思われ、若手研究者による
自薦、場合によっては年長者による他薦をこれからも奨励していかなければ
ならないと結論しました。