私達は、ガンマ線バーストに関する研究を主軸に様々な高エネルギー天体現象についての研究を行っています。 ガンマ線バーストとは宇宙現象の中でも最大規模の爆発現象と言われる現象で、 その爆発メカニズムなどは良く 分かっていません。ガンマ線バースト現象を説明するためには、巨大な星が進化の最終段階で引き起こす重力 崩壊現象、即ち大質量星中心部におけるブラックホール形成や強磁場中性子星の形成、あるいは中性子星同士の 合体や中性子星とブラックホールの合体など、極限的な状況でのダイナミクスを考察する必要があると一般に 信じられています。私達はそのような究極的な現象を、究極的な物理を駆使して解き明か したいと考えています。場合によっては急速に進化し続けている大型数値計算機を用いた大規模 数値シミュレーションによってこのような極限的現象の解明にあたっています。
また、ガンマ線バーストは高エネルギー宇宙線の加速現場の有力候補とされており、 宇宙で最も高いエネルギーを持つ宇宙線はガンマ線バーストに よって生成されているかもしれないとまで言われています。このような高エネルギー に加速された粒子は、時に周囲の物質と相互作用を起こし、結果として高エネルギー ガンマ線や高エネルギーニュートリノを生成する可能性が指摘されています。 私達はこのような最高エネルギー宇宙線の加速現象、及び加速された後の相互作用に ついて着目しており、Auger、MAGIC、Fermi、IceCubeといった現在最高レベルの観測機器、 及びCTAなどの次世代観測機器での観測可能性について 研究を行っています。
またガンマ線バーストは超新星爆発や中性子星との関連が深いと言われており、 そのような観点から超新星、超新星残骸、中性子星に於ける高エネルギー現象についての 研究なども行っています。また私の研究対象は年々広がっており、現在では銀河団に於ける Sunyaev-Zel'dovich効果などについても研究を行っています。 以下に私達の研究について、幾つかのトピックについてもう少し詳しい 紹介を行いたいと思います。
0. スケールについて
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ガンマ線バーストはバルク速度としてローレンツ因子が100を超える、高速ジェットからの放射である と観測、理論両面から考えられています。ガンマ線バースト現象には様々なフェーズがあります。まず 中心エンジン(Inner engine)の問題は星の中心部(10^8cm以内)、Ultra Relativistic Jetは星を突き 破る10^10cm程度、ガンマ線を放出するinternal shocksは10^13-10^14cm程度、X線よりも低いエネルギーを 放出するアフターグローフェーズは10^15-10^16cm程度となっています。高エネルギー宇宙線については 星の内部、photosphere/internal shocks, アフターグローフェーズなど、様々な箇所に於いて粒子加速とdecay products としてのガンマ線、ニュートリノの生成可能性が議論されています。ガンマ線バーストは中心部からアフターグロー フェーズに至るまで、全てのスケールで様々な謎に満ち溢れています。 我々はそれら全てのスケールでの謎の解明に取り組み、ガンマ線バーストの全体像を 明らかにしたいと考えています。 |
1. ガンマ線バーストの中心エンジン |
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2次元一般相対論的磁気流体シミュレーションの計算例。 回転する大質量星の重力崩壊とジェット形成の数値シミュレーションを示している。 ブラックホールの回転エネルギーが電場磁場により引き抜かれ、ジェットが噴出している。 カラーは密度(g/cc)をlogスケールで示している。図の領域は星の内部1万5千km (Nagataki 2009)。 |
2次元一般相対論的磁気流体シミュレーションの計算例。左図に同じだが、 ブラックホールの回転の度合を変えている。左上図は無回転ブラックホールの場合、 右上、左下、右下に移るにつれて、ブラックホールの回転を上げている。高速に回転するブラックホールが より強いジェットをドライブしていることが示されている。特に無回転ブラックホールでは引き抜かれる 回転エネルギーが無いためジェットが ドライブされない。 (Nagataki 2011)。 |
3次元一般相対論的磁気流体シミュレーションの計算例。回転するブラックホールの 周囲にトーラスが置かれており、トーラス中の磁場が差動回転で増幅されるとともに 質量降着とジェットが発生する。 (Nagataki 2011)。 |
バーストの継続時間が長いいわゆるロングバーストと言われるものの幾つかについては 超新星爆発が同時に起っていることが観測から分かっています。しかしその超新星は通常 の超新星の爆発エネルギーよりも10倍程度大きく、通常の超新星爆発のメカニズムでは 説明出来ないと考えられています。つまり、爆発するエンジンを丸ごと取り替える必要が あるのです。 現在私がガンマ線バースト中心エンジンとして有望と考えていますのは、ブラックホール の回転エネルギーそのものをガンマ線バーストジェットエネルギーに変換してしまうという シナリオです。一般相対性理論を信じれば、回転しているブラックホールからはペンローズ 過程により回転エネルギーを引き抜くことが原理的に可能です。 このような状況の解明については余程理想化された定常的 な状態でなければ解析的な解は存在しませんので、私達は数値計算の手法を採用し、 この謎の解明にあたっています。現在私は3次元一般相対論的磁気流体コードを完成させ、 世界でも先駆的なガンマ線バースト中心エンジンの研究を行っています。 |
2. ガンマ線バーストジェットの伝搬 |
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中心部のエンジンが働いたとして、そのジェットがどのように星を突き破り、
さらに伝搬してどのようにガンマ線放射のフェーズに至るのかということは
理論的にも観測的にも明らかになっていません。特に観測からの要請により、
このジェットはローレンツ因子数百にも達するような高速
ジェットとなっていなければなりません。これはジェット中に存在するバリオンの
質量がせいぜい10^-6倍の太陽質量程度でなければならないことを意味します。
数十倍の太陽質量はあるであろうと言われる大質量星から、何故その質量の
1000万分の1程度しかない、軽く、非常に高エネルギーのジェットが放出されるのか、
全く明らかではありません。私達は星の中心部からこのようなジェットが放出され
得るのかという点について、水田晃さん等と大型数値シミュレーションによって研究を進めています。 上図:高速ジェットの伝搬例。運動エネルギーを主に星の中心部に注入する ことにより、ローレンツ因子100を超えるジェットの形成に成功している。 中図:膨張するアウトフローの例。運動エネルギーを少量しか注入しないと ジェットは形成されず膨張するアウトフローになり、ガンマ線バーストと ならない(Mizuta et al. 2006)。 下図:ローレンツ因子400に至る数値シミュレーション例(Mizuta, Nagataki, Aoi 2011)。 |
3. ガンマ線バースト/超新星爆発での元素合成。 |
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左図:爆発の強度比(極と赤道での強度比)を変化させて行った時の鉄の速度分布。 上から順に球対称爆発、2:1の爆発、4:1の爆発の場合を示している。SN1987Aの観測には2:1のものが 良く合う。ガンマ線バーストに付随する超新星では4:1の爆発の様に、ラインがスプリット しているものが見つかり、SN1987Aよりも更に強度比の大きい爆発であることが分かって 来ている。右図:強度比8:1の場合の爆発的元素合成による56Niの生成分布。極方向の 温度がジェットにより上昇し、沢山の爆発的元素合成が極付近で起こる。 |
親星の回転を考慮すると、通常の重力崩壊型超新星爆発でもジェット的な爆発を 起こす可能性があります。最近では、超新星残骸が球対称ではなく、むしろ潰れた 形をしているものの方が一般的なのではないかとさえ偏光観測の結果から言われる ようになりました。私はそのようなジェット状爆発は、爆発の際に引き起こされる 爆発的元素合成にも影響があるのではないかと考え、数値計算を行うと共にSN1987A などの観測と比較することを行いました(Nagataki et al. 1997; Nagataki 2000)。 結果、SN1987Aに於ける鉄輝線を爆発の強度比として極と赤道で2:1程度のものを 仮定すると上手く説明出来ることや、その強度の爆発をさせると放射性元素44Tiの 生成量が、SN1987Aの後期ライトカーブの明るさを丁度良く説明するなどの興味 深い結果を得ることが出来ました。最近ではその手法をガンマ線バーストに於ける 爆発的元素合成にも応用し、ガンマ線バーストに付随する明るい超新星を輝かせている 元素、56Niの起源に関する研究を行っています(Nagataki et al. 2003; Nagataki et al. 2006)。今後は超新星が爆発してから数百年-数千年経過した状態、「超新星残骸」の フェーズまで数値計算を行い、X線やガンマ線などによる観測との比較を行う計画を 立てています(下記のプレゼンテーションファイルを参照ください)。 |
4. 最高エネルギー宇宙線の伝搬 |
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最高エネルギー宇宙線の伝搬シミュレーション(Yoshiguchi, Nagataki, Sato ApJ 596 1044 (2003))。 現在稼働中のAugerによって多数の最高エネルギー宇宙線が観測されれば、上図のようにClusteringを 持つ領域が現れるであろう。左図:地球で観測されている宇宙線のスペクトル。低エネルギー側 (10^15eV程度まで)は主に超新星起源と思われている。高エネルギー側の宇宙線の起源は良く分かって いない。 |
ガンマ線バーストで加速された陽子は、一部はガンマ線バースト内で光子と相互作用を起こしガンマ線や ニュートリノに転化すると考えられますが、残りは宇宙空間に逃げ出し、高エネルギー宇宙線として 宇宙空間を飛び回ることになると考えられています。ガンマ線バーストの粒子加速能力は他の天体に 比べても高いと考えられており、現在観測されている最高エネルギー宇宙線はガンマ線バーストが起源 かもしれないとさえ言われています。我々は最高エネルギー宇宙線の伝搬問題にも取り組み、最高 エネルギー宇宙線の起源は本当にガンマ線バーストなのか、それともまたAGNなど別の天体なのかという 謎の解明に取り組んでいます。 |
5. ガンマ線バーストからの高エネルギーガンマ線及びニュートリノ |
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ガンマ線バーストは加速された非熱的な電子からの放射と考えることが一般的ですが、 そうであれば陽子もまた加速を受け、非熱的な放射をする可能性があると考えられて います。特に陽子はガンマ線バーストにて放出される多量の光子と相互作用を起こし、 荷電パイオン、中性パイオンを多量に生成する可能性があります。これらのdecay products としてのニュートリノやガンマ線は、ガンマ線衛星Fermiやガンマ線望遠鏡のMAGIC、 行エネルギーニュートリノ検出器のIceCube によって観測される可能性があります。我々はこれらの 観測に向けて、最新のガンマ線バースト衛星Swiftがもたらす様々な新現象と絡めながら 高エネルギーガンマ線、ニュートリノのフラックスを見積もっています。これらの新しい 観測により、ガンマ線バーストの環境がより詳細に分かるのではないかと考えています。 |
上図左はSwift衛星によって報告されたEarly Afterglow中のフレア現象、上図右はそのフレアー に付随して起るであろう、高エネルギーニュートリノフレアのフラックス及びinternal shocks 起源のニュートリノフラックス(Murase and Nagataki 2006)。下図はSwift衛星のイメージ(from NASA Home Page)。 |
6. 中性子星からの高エネルギーガンマ線/ニュートリノ |
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磁場を持った中性子星は自転効果により磁場に並行な電波を持ち、電位差によって荷電粒子を 直接的に加速すると考えられています。このようにして加速された粒子は電子陽電子が主な 成分と考えられますが、時に陽子や鉄などのバリオンも中性子星表面から剥される可能性が あると指摘されています。このようにして加速されたバリオンは、超新星が若い時には周囲の 超新星残骸と相互作用を起こし、中性パイオンや荷電パイオンを生成して結果ガンマ線やニュートリノ を放出する可能性があります。私は超新星爆発が我々の銀河内で起った場合に予想される 高エネルギーガンマ線やニュートリノフラックスを評価し、Fermi, HESS, MAGICなどの ガンマ線観測器やIceCubeなどのニュートリノ検出器での観測可能性を議論しました(Nagataki 2004)。 もしかするとガンマ線バーストの中心は強磁場中性子星かもしれず、そのような場合には 本研究と同様の機構がガンマ線バーストでも働いている可能性があります。 |
上図左:超新星残骸に囲まれた中性子星からのガンマ線放射強度。上図右:同ニュートリノ強度。 下図:カニパルサー星雲。 |