Volume 42-5修士論文
Jackiw-Teitelboim重力とランダム行列
宮内 祐 (慶應義塾大学大学院理工学研究科)
素粒子論研究・電子版 Vol. 42 (2024) No. 5
2024年5月13日受理
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概要
本修士論文では,Saad-Shenker-Stanford (SSS)対応と呼ばれる,Jackiw-Teitelboim(JT)重力とランダム行列の対応を解説する.JT重力は重力と結合したスカラーを持つ2次元重力理論の1つである.このスカラーはdilatonと呼ばれる.この模型に負の宇宙項があれば,dilatonと重力の結合によって作用のbulk項は曲率を負の定数に固定する拘束条件を与える.したがってbulkの幾何は双曲幾何となり,Mirzkhani漸化式のような双曲幾何の研究結果を用いて計量の汎関数積分を実行できる.さらに,作用の境界項はSchwarzian作用と呼ばれるものになる.これは1次元系であって, Duistermaat-Heckmann 公式によってその分配関数が厳密に計算できる理論である.したがってJT重力の分配関数が厳密に計算できる.一方,ランダム行列とは確率変数を行列とする確率理論である.この理論において,確率分布を適切に選びその台と行列のサイズを無限大に取れば,分配和と呼ばれる量の$n$点相関関数とJT重力の分配関数が一致する.この等価関係をSSS対応と呼ぶ.その導出の重要点は,JT 重力の分配関数が従う漸化式とn点相関関数が従うEynard漸化式と呼ばれる漸化式が一致することにある.本修士論文では,JT重力の分配関数の計算と,SSS対応の導出を行う.
JT重力の分配関数の厳密な計算は,量子重力研究に応用することができる.例えば,4次元ブラックホールをJT重力へ次元削減することでそのエントロピーを計算することができる.また,SSS対応も量子重力研究に応用することができると考えられる.SSS対応はいくつかの拡張が知られている.例えば,BFゲージ理論を加えた場合やdilatonのポテンシャルをJT重力のものから変形させた場合において,ランダム行列との対応が知られている.したがって,将来的に,これらの関係をより深く広範囲において調べることで,ランダム行列の確率分布から量子重力の性質を調べることができるようになると期待される.
キーワード
量子重力、Jackiw-Teitelboim重力、ランダム行列