素粒子奨学会第1回中村誠太郎賞選考結果報告

                              2006年9月1日
                              素粒子奨学会


素粒子奨学会2006年度(第1回)中村誠太郎賞の選考結果をご報告いたします。

【受賞論文】(順不同)

・寺嶋靖治 氏(KEK博士研究員、8/1より京大基研助手)
  "A construction of commutative D-branes from lower-dimensional
   non-BPS D-branes"  JHEP 0105(2001)059.

・山口 哲 氏(Institut des Hautes Etudes Scientifiques 研究員)
  "Bubbling Geometries for Half BPS Wilson Lines"  hep-th/0601089.


【講評】
33年間にわたる素粒子奨学生事業の精神とノウハウを引き継いで、新たに始まった中
村誠太郎賞の第1回目は、応募者総数14名とまずまずの船出となった。また、内容的
にも各分野の新進気鋭の若手注目株の力作、従来の常識や分野にとらわれない野心的
な書き下ろし作など、読みごたえのある論文も少なからずあり、長時間に及んだ選考
委員会も充実感があった。一方で、単著か書き下ろしという制約が重く感じられたの
か、より新しい共著の仕事をもとに書き下ろすよりも、少し前でも既発表の単著論文
を応募する傾向や、あるいは共同研究が殆どであるような分野からの応募が少なかっ
たのは、残念であった。また博士論文をもとに書き下すことも可としていたが、実際
にはそのような応募はなかった。ただ現役院生からの応募が複数あったのは心強い。
今後は、博士論文や共同研究にもとづいた書き下ろし論文の応募、また今回少なかっ
た宇宙関係の応募ももっと増えることを期待したい。

寺嶋氏の受賞論文は2001年に発表されたもので、当時非可換平面のテクニックを用い
て低次元D-braneから偶数次元分だけ高い非可換D-braneを構成する手法は知られてい
たのであるが、同氏は不安定D-brane系のタキオン凝縮と関係付けて可換な世界体積
をもつ高次元D-braneを構成する方法をこの論文で提唱した。この論文自体は精力的
な氏の研究の中ではどちらかといえば地味に映るかもしれないが、ここで開発された
方法は、その後の関連する研究の中で欠かせない手法として応用され続けていること
から、当論文の重要性を評価した。なお、寺嶋氏は本賞締切後の選考期間中に常勤職
への就職が決まったが、応募資格はみたしていると判断した。

山口氏の仕事は、AdS/CFT対応の文脈で、1/2 BPS Wilson line operator に対応する
超重力古典解が、maya図形の連続版ともいうべき一次元図形で特徴付けられることを
示し、またそれがガウス型行列模型の固有値分布とも対応することを示した。Local
operator に対する Lin, Lunin, Maldacena の仕事に対比される結果であり、今まさ
にホットなテーマとして今後どう発展するか大いに注目される意欲作である。一方で、
地道な計算に裏打ちされた議論、何ができて何ができていないかを誠実に検討する真
摯な執筆姿勢にも好感がもてた。

選に洩れた応募論文の中にも、新機軸を打ち出す意欲は買いたいものや、徹底した解
析に目を見張るものなどがあったが、目的と手段が乖離していたり、説得力に一歩欠
けていたりなどで及ばなかった。今後の研究の進展を期して頑張ってもらいたい。

なお、今回の2名の受賞者は偶々素粒子論のそれも近い分野からになったが、賞が対
象としているのは、素粒子論・原子核理論・宇宙物理理論などの広い分野であるので、
幅広く奮って応募してもらいたい。

【謝辞】
諸般の事情により素粒子奨学生事業は転換せざるを得なくなりましたが、こうやって
素粒子奨学会は、「中村誠太郎賞」の新たな一歩を踏み出すことができました。
本賞は、素粒子奨学会の趣旨を理解し黒子に徹してご寄付を続けて下さる篤志家の皆
様、審査にご協力下さったレフェリーの皆様、賞の宣伝や応募を若手に勧めて下さっ
たスタッフの皆様、そして応募あるいは関心を寄せて下さった若手の皆様に支えられ
ています。ここにあらためてお礼を述べたいと思います。