素粒子奨学会第2回中村誠太郎賞選考結果報告

                              2007年9月1日
                              素粒子奨学会


素粒子奨学会2007年度(第2回)中村誠太郎賞の選考結果をご報告いたします。

【受賞論文】(順不同)

・石橋 明浩 氏(U.Chicago 研究員、7/1より KEK 博士研究員)
 "Rigidity of Higher Dimensional Black Holes"
  Comm. Math. Phys. 271 (2007) 699 に基づく書き下ろし 

・梅田 貴士 氏(筑波大 研究員)
 "A constant contribution in meson correlators at finite temperature"
  hep-lat/0701005, Phys. Rev. D75, 094502 (2007)

・大川 祐司 氏(DESY Staff member)
 "Real analytic solutions for marginal deformations in open superstring 
  field theory" arXiv:0704.3612[hep-th]


【講評】
昨年度から始まった中村誠太郎賞の第2回目ということで、若手の間での定着の度
合いが気掛かりであったが、応募者は13名とほぼ昨年度並みで、一安心であった。
また昨年にも増して、第一線の若手研究者による最新の自信作が多く、とても読み
応えがあった。

石橋氏は、受賞論文において「4より大きな時空次元においても、定常なブラック
ホール解は必ず軸対称である」という定理を証明した。明快な定理であり、高次元
ブラックホールの唯一性に向けての強力な布石となる点を評価した。高次元に於ては
4次元の証明をそのまま拡張できず、エルゴード定理を用いているところが面白い。
石橋氏は、定理の周辺と証明の概要もわかりやすく論文にまとめている。素粒子の
統一理論・宇宙論や相対論の分野で高次元時空を論ずるとき、基本的で重要な論文
である。

梅田氏の仕事は、クォーク・グルーオンプラズマにおけるチャーモニウム生成に関
する格子ゲージ理論を用いた解析である。重イオン衝突における J/ψ生成断面積の
抑制は、クォーク・グルーオンプラズマ生成の明確な徴証として注目されている。
最近の格子シミュレーションの結果,χc状態が相転移温度以上で存在しなくなり、
そのためにJ/ψ断面積が減少すると考えられたが、梅田氏は、有限温度の格子シミュ
レーションにおける2点関数の定数項の存在に着目し、従来の結果はこの定数項の
存在を無視していたために誤った結論に到達したということを指摘した。この分野
の今後の研究の方向に重要な一石を投じる仕事であるといえるだろう。

大川氏の受賞論文は、開弦の超弦の場の理論において実数条件を満たすマージナル
変形の解析的古典解を初めて構成したものである。弦の場の理論は、弦の非摂動論
的定式化への一つの有力なアプローチであるが、近年Schnablがボソン開弦の場の
理論における解析解を構成して以来、俄然脚光を浴びだしてきた。大川氏は、この
方面で世界の先頭を走り、まずボソン弦の場合にSchnablらと独立にマージナル変形
の解析的古典解を構成し、続いてその解がBerkovitsの超対称開弦場の理論へも拡張
できることを示していた。本論文はその解が満たしていなかった実数条件を明白に
満たすように再構成したものである。これは、超弦の場の理論における最初の解析
解の構成であり、今後の弦の場の理論の発展にとっても重要な仕事として残るだろう。

惜しくも選に洩れた論文の中にも、将来性を感じる面白い仕事や未熟だがオリジナ
リティの高い仕事があった。是非とも発展させて再挑戦してほしい。一方で、物理と
しての詰めが甘かったり、吟味が不十分な仮定を多用した議論なども見受けられた。
更なる研鑽を期待したい。

また、とても良い研究をしている研究者でも、単著論文にこだわっての選択と思わ
れる応募が少なからずあり、レフェリーから別の仕事の方が面白いとのコメントも
あった。規定に添って新たに書き下ろせば、共著論文に基づいていてもよいので、
積極的に自信作を応募してほしい。

今回の応募者は、受賞者を含め経験を積んだポスドクが多く、フレッシュPDや
博士課程在学者からの応募が少なかったが、論文の評価なので、キャリアに関係
なく良い仕事さえあれば平等にチャンスはある。奮って応募してもらいたい。
また依然として、応募論文の分野に偏りがあり、素粒子の現象論や原子核理論、
宇宙物理理論などの分野からも積極的な応募を望みたい。「広い意味の素粒子論」
とは、素粒子論やそれに関連したテーマのみを指すのではなく、素粒子論グループ
草創期から一体として活動してきた、素粒子・原子核・宇宙線(その流れを汲む
現在の各分野)の理論的研究が対象であるということをあらためて注意喚起して
おきたい。


【謝辞】
中村誠太郎先生は、第1回の授賞式を目前に控えた今年の1月22日に、93歳で
永眠されました。残された私ども委員は、微力ながら先生の遺志を継いで、
これからも若手研究者育成の事業に努力して参りたいと気持ちを新たにしています。
お陰さまで、中村誠太郎賞も軌道に乗りつつあると考えていますが、これは、快く
ご協力下さったレフェリーの皆様をはじめ、多くの皆様に支えられている結果です。
ここに、感謝の意を表したいと思います。