素粒子奨学会第4回中村誠太郎賞選考結果報告

                             2009年9月1日
                             素粒子奨学会

素粒子奨学会2009年度(第4回)中村誠太郎賞の選考結果をご報告いたします。

【受賞論文】(順不同)

・阪村 豊 氏(理化学研究所 基礎科学特別研究員)
 "SUSY flavor structure of 5D supergravity with multi moduli"
  Physical Review D79 (2009) 045005 に基づく書き下ろし

・中村 真 氏(京都大 グローバルCOE特定研究員)
 "A Holographic Dual of Bjorken Flow"
  Prog. Theor. Phys. 121 (2009) 121-164 に基づく書き下ろし


【講評】
順調に回を重ね、第4回を迎えた中村誠太郎賞であるが、今回の応募者は
10名で、やや数が減っていることが気にかかる。応募者の年齢層の分布にも、
現在のポスドクの現状が垣間見えるのはこれまでと同様であるが、前回との
違いは国内ポスドクの応募が多かった点である。また、任期付助教や様々な
研究員職、そして博士院生など身分も多種多様であった。今回は共同研究に
基づく書き下ろし論文が2件選ばれた。

阪村氏の受賞論文は、超対称フレーバー問題に対する余剰次元を持つ
超重力模型からの新しいアプローチを提示したものである。弱い相互作用の
エネルギースケールが重力や大統一理論のそれに対して極端に小さいという
階層性を、安定に保つ最も自然な機構としては超対称性が有望である。
しかし一方、これは実験に抵触するほど大きな「フレーバーを変える中性
カレント」を導く危険性をもたらす。阪村氏は、この問題を5次元超重力模型で
考察し、余剰次元の大きさ、形状を決めるモデュライ場は、超弦理論の
有効理論の示すように、複数個あるのが一般的であることに注目した。
安倍博之氏と共に開発した、5次元超重力理論から超場形式による4次元
有効理論を導く方法を適用して、モデュライ場が二個ある場合の4次元
有効理論を具体的に書き下すことに初めて成功した。その結果をクォーク・
レプトンの階層質量構造を余剰次元方向の局在から導く模型に適用して、
複数モデュライに特有の項の存在のために、第1,第2世代の超対称スカラー場の
ソフト質量が自然に縮退し、超対称フレーバー問題が解決されるという
新しい機構を発見した。また、超対称スカラー場のソフト質量が虚数になる
という単一モデュライの場合の困難も同時に解決することを見いだしている。
この論文は、超対称フレーバー問題に対する最終解答かどうかは定かでないが、
その解決に向けた重要な寄与として評価できるだろう。

中村氏の受賞論文は、RHIC 等の重イオン衝突実験で扱われているような
時間発展をするクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP) の系をAdS/CFT 対応
に基づいて超重力理論によって記述する方法を開発したものである。
具体的には、有限温度の N=4 超対称ヤン・ミルズ理論におけるプラズマが
一次元的に膨張している系を考え、これに対応する弦理論側の記述を
 late time expansion で解析した。AdS/CFT 対応によると、この系は
時間発展するブラックホールの系によって記述されると期待されるが、
対応するブラックホール解を構成することは容易ではない。実際、この系に
対して、展開の高次で裸の特異点が生じてしまうという問題が提起されており、
このようなアプローチの有効性が問われていた。これに対して、中村氏は
座標系と解の ansatz をうまく選ぶことによって、展開の全次数で裸の特異点
が生じないような解を構成できることを証明した。その際、ずれ粘性係数など
の輸送係数が一意的に決定され、久保公式などを用いた他のアプローチによって
知られていた値を正しく再現することも示される。まだ現実のQCDを扱っている
わけではなく、直接実験と比較できるわけではないが、強結合のゲージ理論に
おける時間発展するプラズマを扱うことは、格子ゲージ理論などの他の方法では
大変困難であるため、AdS/CFT 対応を応用した中村氏の研究はこの分野の発展に
重要な寄与を与えるものであると考えられる。

長時間にわたる議論の末の選考結果であるが、受賞論文が他に比べて大きく
抜きん出ていたわけではなく、評価の伯仲した応募論文がいくつもあった。
ただ、面白いアイデアを提案していながら、あるいは実力が十分にありながらも、
応募論文における議論の展開が中途半端で終わってしまい、今一歩アピール
しきれなかった点が惜しくも差となった。
多くの経験を積んでトータルに成長していくことも大事であるが、個々の論文に
おいても十分な深さまで追求して仕事を世に問うという姿勢もまた大事であろう。


【謝辞】
本賞は、審査にご協力くださったレフェリーの方々をはじめとして、多くの
皆様に支えられて、短いながらも歴史を重ねてきました。長年にわたって、
趣旨に賛同して、厳しい経済情勢の中でも資金の援助を続けてくださって
いる企業のご厚意も、素粒子奨学会の存続・発展に不可欠です。
ここに感謝の意を表すとともに、今後ともご支援をよろしくお願いいたします。