素粒子奨学会第7回中村誠太郎賞選考結果報告

                             2012年9月24日
                             素粒子奨学会

素粒子奨学会2012年度(第7回)中村誠太郎賞の選考結果をご報告いたします。

【受賞論文】(順不同)

・酒井一博氏(基研 特任助教)
 "Seiberg-Witten prepotential for E-string theory and random partitions"
 JHEP 1206 (2012) 027(応募時投稿中)

・村田佳樹氏(基研 学振特別研究員)
 "Black hole instabilities and local Penrose inequalities"
 Class.Quant.Grav. 28 (2011) 225030 にもとづく書き下ろし


【講評】
今回の応募者は9名で、大学院生から任期付き助教まで幅広い年代からの応募が
あった。書き下ろしや投稿中の論文なども多く、他の評価を気にせず自分の
意欲作・自信作を応募できる賞の性格が浸透しているように感じた。

酒井一博氏の受賞論文は、E弦理論をトーラスコンパクト化して得られる
4次元ゲージ理論のプレポテンシャルに関して、ネクラソフ型の表式を提唱
したものである。この表式は先行研究によるトーラスへの巻き付き数展開に
基づく結果を高次まで再現するのみならず、より非自明なモデュラーアノマリー
方程式を満たすことも示されている。また、あるSU(N)ゲージ理論に対する結果の
楕円関数的拡張にもなっている。

E弦理論は6次元の非自明な理論であるが、そのラグランジアンは知られておらず、
対応する4次元のゲージ理論に対しても直接BPS解を数え上げることは難しい。
酒井氏の結果も直接計算によって導出されたものではなく一種の仮説ではあるが、
非自明なチェックをパスしており信頼性は高い。逆に酒井氏の表式から理論の
情報を読み解くことができる可能性があり、今後の発展を期待したい。

村田佳樹氏の受賞論文は、高次元ブラックホール解の不安定性を解析する新しい
方法を、共同研究者とともに開発したものである。ブラックホールの面積増大則、
質量減少則を用いて、ある限定クラスの動的な安定性の十分条件を不等式の形で
明快に導出している。そしてそれに基づいて過去に発見されたGregory-Laflamme
不安定性やMyers-Perryブラックホールなどの不安定性に適用し、このクラスの
不安定性であることを確認している。さらに、今まで困難であったブラック
ストリングの不安定性も解析し、fat解が不安定であることなどを見出している。

AdS/CFT対応によって、高次元ブラックホールの不安定性からゲージ場の相転移や
輸送係数を求められることなどから、様々なブラックホール解の不安定性が盛んに
議論されている。村田氏の不安定性解析は、例えばこのような舞台で生かされ、
強結合ゲージ場の新しい物理を記述できる形に理論が発展していくことを望みたい。

今回の応募論文も、全般的に意欲的で興味深いものが多かったが、一方で
やや論文の書き方が雑であったり、議論の深め方や位置付け方が十分でないものが
あった。より興味深い一連の共同研究があっても、それに基づいた書き下ろし
ではなく、単名の派生的論文で応募したケースなども複数あり、応募者もこの辺り
悩みどころなのかもしれない。また応募論文は、審査員のみが見る単なる応募書類
ではなく、公刊する独立した学術論文であることも十分認識してほしい。


【謝辞】
本賞は、審査にご協力くださったレフェリーの方々をはじめとして、
多くの皆様に支えられて、少しずつ歴史を重ねています。長年にわたって、
趣旨に賛同して、厳しい経済情勢の中でも資金の援助を続けてくださって
いる企業のご厚意も、素粒子奨学会の存続・発展に不可欠です。
ここに感謝の意を表すとともに、今後ともご支援をよろしくお願いいたします。