素粒子奨学会第8回中村誠太郎賞選考結果報告

                             2013年9月5日
                             素粒子奨学会

素粒子奨学会2013年度(第8回)中村誠太郎賞の選考結果をご報告いたします。

【受賞論文】(順不同)

・川口俊宏氏(山口大 特命助教)
 "Comptonization in Super-Eddington Accretion Flow and Growth Timescale of 
  Supermassive Black Holes" The Astrophysical Journal 593 (2003) 69-84

・黒木経秀氏(名大素粒子宇宙起源研究機構 特任助教)
 "Spontaneous supersymmetry breaking in noncritical covariant superstring 
  theory" 未発表(応募時)

・渡辺悠樹氏(U.C. Berkeley, 大学院生)
 "Unified Description of Nambu-Goldstone Bosons without Lorentz Invariance"
 Phys. Rev. Lett. 108 (2012) 251602 にもとづく書き下ろし


【講評】
今回の応募者は11名で、大学院生から経験豊富なPDまで幅広い年齢層からの応募が
あったが、原子核分野からの応募が無かったことは残念であった。応募論文は、
多くが未発表あるいは投稿中のもので、今回も若手の意欲を強く感じた。

川口俊宏氏の受賞論文は、巨大ブラックホールの形成に関する研究である。
あらゆる銀河の中心に存在する巨大ブラックホール(SMBH)は、銀河母体と
良い相関を持っていることから、銀河と共に進化したという自然なシナリオが
提唱されている。しかしこの共進化のためには、SMBHは速く成長する必要が
あり、従来の準静的な物質降着率(=エディントン上限)を著しく超えるシナリオが
必要であった。

川口氏は、今までのスリムディスクモデルをもとに、逆コンプトン散乱や赤方偏移、
横ドップラー効果などの素過程を完全に取り入れた新しいモデルを確立した。
そして、今まで現象論的に導入されてきたパラメターを基礎付け、観測と比較可能な
実用モデルを構成した。実際、このモデルによる輻射スペクトルが狭輝線セイファート
銀河のものと類似していることを指摘している。また実際にAGN観測を通して、
この種族の中に、エディントン上限の千倍の降着率に達するものを発見し、まさに
SMBHが急成長している段階にある若い銀河を同定した。これらは、銀河と
SMBHの共進化シナリオを確立するための重要なステップであり、この分野に
多くの影響を与える重要な業績であるといえる。

黒木経秀氏の受賞論文は、行列模型と超弦理論との等価性とそれを用いた超対称性の
破れの研究である。前者はDouble-well型相互作用をもつボソンとフェルミオン
からなるN=2超対称行列模型であり、後者はRamond-Ramond背景場上の
2次元TypeIIA非臨界超弦理論である。前者が二重scaling極限で後者に等価である
非自明な証拠を2点関数までの様々な相関関数を比較することによって示した。
この模型の特徴は、行列模型の超対称性が、超弦理論側の時空の超対称性に
直接対応する点である。

黒木氏はさらに、超対称性の破れを表す量を行列模型側で計算することにより、
非摂動効果により超対称性が破れることを示し、これがインスタントンに依るもので
あることを指摘した。これを超弦理論側から見ると、非摂動効果により時空の
超対称性が破れる初めての例を与えることになり、極めて興味深い。
これは超弦理論側では、Dブレーンによる効果であることが期待されるが、
その同定は今後の課題であろう。

渡辺悠樹氏の受賞論文は、ローレンツ不変性が存在しない場合の南部-Goldstone
(NG) モードの数について初めて明快な一般的定理を与えたものである。
ローレンツ不変な場合には、NGボソンの数が自発的に破れた対称性の数と等しい
ことは、Goldstoneの定理として良く知られていた。しかしローレンツ不変性が
ない場合に対しては、Nielsen-Chadaの定理(1976)という一般的な場合の不等式の
証明があったものの、その後長い間放置されてきた。今世紀に入って、破れた
対称性の生成子間の交換子の期待値がゼロの場合に対するSch\"aferらの定理(2001)や、
それがゼロでない場合には破れた生成子が表すNGゼロモード変数の対が正準共役と
なって独立な自由度を表さなくなるという南部の本質を突いた議論(2004)等が
あったが未だ一般的な定理の提唱や証明には至らなかった。

渡辺氏は、結局、破れた対称性の生成子間の交換子行列(の密度版)の階数の半分
だけNGモードの個数が減るという予想をし、それをLeutwylerの有効Lagrangianの
方法を用いて全く一般的に証明することに成功した。これはGoldstoneの定理の
非相対論版であり、今後の教科書にも載るような美しい定理である。

なお、今回の審査対象ではないが、この仕事と同内容の定理がほとんど同じ時期に
日高義将氏(理研)によっても別の方法で証明されたことを記しておきたい。

今回はいつにも増して評価が伯仲し、以上のように結果として3件の受賞とした。
また最終的には選外となったが、受賞論文に迫る評価を得た力作(これにもまた
大学院生の応募論文が含まれている)があり、さらに研究を発展させてくれる
ことを期待したい。


【謝辞】
本賞は、審査にご協力くださったレフェリーの方々をはじめとして、
多くの皆様に支えられて、少しずつ歴史を重ねています。長年にわたって、
趣旨に賛同して、厳しい経済情勢の中でも資金の援助を続けてくださって
いる企業のご厚意も、素粒子奨学会の存続・発展に不可欠です。
ここに感謝の意を表すとともに、今後ともご支援をよろしくお願いいたします。