素粒子奨学会第10回中村誠太郎賞選考結果報告

                             2015年9月21日
                             素粒子奨学会

素粒子奨学会2015年度(第10回)中村誠太郎賞の選考結果をご報告いたします。

【受賞論文】

・初田泰之氏(DESY 研究員)
  "Spectral zeta function and non-perturbative effects in ABJM Fermi-gas"
  (投稿中)

【講評】
今回の応募者は、13名であった。宇宙関係の応募が増えた昨年の傾向は今年も
同様に続いている。一方で核理論分野の応募者が無かったのは大変残念である。
是非とも奮って応募してもらいたい。

初田氏の受賞論文は、M理論の量子効果に関する研究である。
11次元時空上の理論であるM理論の性質の解明は、弦理論や様々な次元における
場の理論のダイナミクスの理解へつながることからきわめて重要であるが、
M理論の量子論的な定義はいまだ知られていない。しかし、AdS/CFT対応を仮定
すれば、AdS_4xS^7/Z_k 時空上のM理論は Aharony, Bergman, Jafferis,
Maldacenaによって構成された3次元の超対称ゲージ理論(ABJM理論)と等価で
あり、さらに局所化の手法を用いることでその分配関数を有限次元の積分として
厳密に表すことができる。これはABJM行列模型と呼ばれ、その分配関数の性質を
理解することがM理論研究における重要な課題となっている。

特にこの模型が興味深いのは、背景時空に巻き付いた膜状の物体M2ブレーンに
よって引き起こされるインスタントン効果まで含んでいる点である。
インスタントンには巻き付き方の異なる二つの種類があることが知られており、
個別には、それぞれフェルミ気体を用いる手法、トフーフト展開を用いる手法に
よってすでに計算されていたが、両者を同時に取り入れる方法は知られていな
かった。

今回初田氏の受賞論文は、フェルミ気体を用いた単一の手法の枠内で、積分変換
を利用することで二種類のインスタントンの寄与を同時に再現する手法を提案
したものである。この手法によれば分配関数は複素平面上の線積分として表現
され、二種類のインスタントン効果は二つの系列の極の寄与として解釈される。
WKB展開を用いて計算される被積分関数から直ちに極の情報を読み取ることは
難しいが、初田氏はパデ近似を用いた外挿により、トフーフト展開で計算されて
いたインスタントンに対応する極のうちの一つが期待される位置に確かに存在
していることを高い精度で示した。

本論文で提案された手法は今回用いられた特定の背景上のM理論のみならず、
より一般の背景上のM理論の解析、さらには弦理論における量子効果の計算にも
用いることができ、今後幅広く応用されることが期待される重要な業績である。

今回は結果的に1名の受賞となったが、数名の次点候補者があり様々な角度から
検討した。それぞれに評価できるポイントがある一方、今後を期待させるが評価
には時期尚早なアイデアや、一連の研究は評価に値するが応募論文自体の掘り下
げ方が十分でないなど、あと一歩のところで選に洩れた。今後さらに発展させた
上での巻き返しに期待したい。

【謝辞】
本賞は、審査にご協力くださったレフェリーの方々をはじめとして、多くの皆様
に支えられて、少しずつ歴史を重ね、ようやく10回目を迎える事ができました。
長年にわたって、趣旨に賛同して、厳しい経済情勢の中でも資金の援助を続けて
くださっている企業のご厚意も、素粒子奨学会の存続・発展に不可欠です。また、
今年度から湯川記念財団の後援を得る事ができ、安定的な運営を続ける事が
できるようになりました。ここにすべての方へ感謝の意を表すとともに、
今後ともご支援をよろしくお願いいたします。